修行の果てに
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
三十分程の時間が過ぎた。
来夢との特訓は一時間程休みなく続けられたが、この修行はもう限界だった。
息が完全に上がってしまっていて、未来を見る以前に避けるための行動を取る事が出来ない。
運動量は、来夢との時と大して変わらない。けれども、疲労は段違いだ。
これはつまり、アルドを感知するだけとアルドを消費する事とでは疲労が違うという事だろう。
アルドを使っているという自覚は無かったが、やはり消耗しているのだという事をここに来て痛感していた。
「ふーむ。どうやら限界みたいだな。休憩にするか」
そう言って、父さんがその場に腰を下ろす。
それに続いて、僕も倒れる様にしてその場に腰を落とす。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
僕は息が上がったままで、返事する事が出来ない。
父さんの方は木の棒を振るっていただけで、アルドを消費する様な行動はしていないので、余裕の表情だ。
とは言うものの、三十分軽い運動をしていた様なものなので、じんわりと顔に汗がにじんでいるのが見て取れる。
歳の割には息を切らしている様子が無いのは、こういう事態に対しての日頃からの鍛錬の賜物だろうか。
と、不意に横からタオルが現れる。
「かずくん、汗びしょびしょだよー」
いつの間にか来夢がすぐ傍まで来ていた。
今まで何処に持っていたのかタオルを手に持ち、僕の顔の汗を拭ってくる。
それは全く強い力ではなく、普段ならばそんな事は無いはずだが、僕は座っているのに耐えらずに、来夢の手に押される様な形で後方へと倒れ込む。
「わっ! か、かずくん!? 大丈夫!?」
慌てて顔をのぞき込んでくる来夢。
「ハァ…ハァ…だ、大丈夫。ハァ…ハァ…ちょっと、疲れただけ…だから」
何とかそれだけ口にすると目を閉じる。
顔の汗を拭い続けていたタオルが、襟元からシャツの中に入ってきた様な気がするが、そんな事を気にしている余裕は無い。
今はただ、休みたい――ただそれだけだ。
「思いの外、消耗が早かったな。いや、慣れない事をやってるんだからしょうがない事か。むしろ、初めてでここまで出来てるって事を喜ぶ所だな」
父さんの声が聞こえてくるが、応える気にはならない。
息も大方整ってきたので、代わりに来夢に話し掛ける。
「来夢も、一時間、力、使わせて……大変だったん、だな」
体を拭う手の動きが止まる。
「ううん、どうって事無いよ。私はこの力を使い慣れてるから、最小限のアルド消費で済んでるし。今のかずくんの消費具合には程遠かったよ」
言葉が終ると同時に、タオルの動きが再開する。
そうか、来夢にとってはあの程度の力はどうって事が無い事なのか。
クレセントムーンを星河に渡した今、使えるのは自らのアルドだけだというのに。
それに引き換え、今の僕はどうだ。
欠片とはいえ、クラウドルインズからのアルドのサポートがあるというのに、自らのアルドを使い果たして動けなくなってしまっている。
何とも情けない姿だ。
そんな事を考えていると、
「気にする必要は無いぞ。未来を予知し選び取るというその能力――そんな大きな力が僅かなアルドで行える訳は無いんだからな。むしろ、この時間でアルドを使い果たす程能力を使い込む事が出来たんだ。そうやって寝転がってるのも大きな成果だ」
という、慰めの様な父さんの声が聞こえてきた。
「そんな、事、言って…これで終わり…て訳じゃ、無いんだろ?」
「実際、修行の効果がどこまで出てるのかによるな。見てる限りじゃ、お前がどれだけ力を使いこなせるようになっていってるのか良く分からないからな。俺には、お前が選んだ一つの未来しか分からんのだから」
つまり、僕がどれ程未来を見る事が出来る様になったのか知りたいって事だろう。
先程まで見ていた、動く父さんの残像達を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「大体、一つの行動、動き、に…五から十位…の未来、だな」
見える残像の数は、最初の一振りから五つに、幾つかの動きが続いた後では十以上へと増えていた。
中には、どうやったらそんな動きになるのかという残像もあったが、それだけ確率の低い未来も見える様になったという事だろう。
そして、それだけ多くに分かれた残像達を見分ける判断力、感知力も上がったという事だ。




