現実と残像と
父さんの握る木の棒が振り下ろされる。
同時に、僕は自ら手で感じる円筒の物体の感触を意識する。
いつもよりも手が熱い気がするが、気のせいだろうか。
そして、意識する。未来を――
次の瞬間、目の前で木の棒を振り下ろそうとしている父さんの姿がぶれて、焦点が定まらない残像が現れた…様な気がした。
ベシッ
小気味の良い音と共に、頭に痛みを感じる。
父さんの振り下ろした木の棒は、何の妨害も受ける事無く僕の頭に命中していた。
「おいおい、せめて構える位の動作はしてくれよ。そんなに早い動きでも無いだろう」
呆れ気味の父さんの言葉に我に返る僕。
「いや、ごめん。何か…変な感じがして」
今自分が感じた感覚を上手く言葉に表現する事が出来ず、そんな事しか口に出来なかった。
すると、父さんはにやりと口の端を上げる。
「良いね。順調じゃないか。その感覚、それを忘れるなよ」
言いながら、再び棒を掲げる姿を視界に収め、僕は再び気合を入れ直す。
「来い!」
僕が叫ぶのと、木の棒が振り下ろされるのは同時だった。
今度は、先程よりも残像がはっきりと感じられた。
そこにある父さんの姿を置き去りにして、もう一つの父さんの姿が浮かび上がる様にして僕に迫って来る。
そして、握られた木の棒が僕の頭へとぶつかる――が、痛みは無い。
僕はその動きに遅れて、その木の棒が通った軌道上に握る円筒を掲げる。
そして、残像が消える。
置き去りにされていた父さんの姿が動き出し、振り下ろされる木の棒は、その軌道上にある円筒によって受け止められる。
「ほーう」
父さんの呟く声が聞こえ、木の棒が引き戻される。
そして、再び振り下ろされる木の棒。
ベシッ
先程聞いたのと同じ音が鳴り響く。
「中々の成長速度だが、まだまだだな。何時、何が起こるか分からない。常に、一歩先を意識してなきゃ、すぐに追いつかれるぞ」
一度目の木の棒の振り下ろしを受けた時点で僕の気が抜けていた、と言いたいのだろう。
だからこそ、全く予測する事無く二撃目を頭に受けてしまったのだから。
「分かったよ。さあ、次だ!」
再び、僕の言葉に合わせて父さんが動く。
振り下ろされる木の棒――動く残像、止まる父さん。
先程と同じ様な映像が繰り返され、僕もそれに合わせて動く。
一撃目の振り下ろしを受けるが集中は途切れさせない。そのまま、意手の中にある円筒を意識しながら、目の前に迫る父さんの動きを目で追う。
今度は左横から振るわれようとした木の棒は、再び残像を伴って動く。
その軌道へと手の中の円筒を割り込ませ、再度の振動が円筒から両腕へと伝わる。
だが、ここで気を抜く訳にはいかない。父さんの事だ、このまま続けて来るに違いない。
予想通り、弾かれた木の棒を父さんは手元へと戻すと、今度は逆の手に持ち変える。
再び動き出す映像と止まる映像との間で、僕は困惑する。
何故なら、動く父さんの残像が二つに分かれたからだ。
止まっている本来の父さんの姿と合わせれば、三つの父さんの姿が重なる。
右上から振り下ろす残像と、右横から振り払う残像。その二つが重なって動いて来る。
どっちに合わせれば――
そう思った時にはもう遅かった。
止まっていた父さんが動き出し、上から木の棒を振り下ろして――
ベシッ
再び小気味の良い音が鳴り響いた。




