特訓開始!
と言う事で、やっと特訓と呼べるものが始まった。
「時間をかけてじっくりという余裕は無いからな。手っ取り早く実戦で覚えて貰う事にした」
そう言った父さんの前で、僕と来夢が十メートル程の間隔を空けて、向き合って立っている。
どうやら、来夢が僕の特訓を手伝う事になっているらしい。
父さん曰く、僕が寝ている間に打ち合わせは終わっている、との事だ。
「じゃあいくよ!」
何の説明も受けないまま、来夢が開始の宣言をする。
父さんはこれ以上何も説明する気はなさそうなので、何が始まるのか来夢に意識を集中する。
すると、来夢の周囲が薄らと明るくなった様な気がする。いや、気のせいではなった。
来夢を中心として、ぽうっと薄く緑色がかった光が発生していた。
暗闇の中で見るそれは蛍の光の様ではあるが、大きさが段違いなので明るさはこちらの方がずっと上だ。
だが、それに見取れている暇は無い。
次の瞬間、右の頬に痛みが走る。
「え?」
僕は驚き、手をそこに当てると濡れた感覚がある。触れた手を視界に入れると、そこには赤い跡があった。
そう、右頬にうっすらと切り傷が出来ていたのだ。
出血量は大した事は無い様なので、ほんの小さな傷だった様だが、一体何が起きたのか全く分からなかった。
視線を前に戻すと、相変わらず来夢の周りは淡く緑に輝いている。
「どうだ? 何か分かったか?」
と、不意に父さんが声を掛けて来て、僕はそちらへと視線を動かす。
「いや、全然…。何が起こったんだ?」
その問いに答えたのは来夢だった。
「今、私の能力で、小さな風の刃をかずくんに向けて放ったんだよ」
「風の刃…?」
「うん、小さな竜巻…みたいなものかな? 触れたものを切り裂くの」
何だか物騒な事を言っているが、
「それって、当たっても大丈夫なのか…な?」
恐る恐る問い掛ける。
「ん~今のは頬をかする様に撃ったから小さなかすり傷だったけど、真正面から当たったら…もうちょっと深い傷にはなるかな?」
いやいや、もうちょっとってどの位だよ!
とにかく、直撃したらやばいという事は分かったが…。
と、外野から声が聞こえて来る。
「大丈夫だ―死にはしないからなー」
わざわざ棒読みでそう言って来る父さんに、若干イラッとする。
「傷ついても、私の癒しの力でちゃんと治るから、安心して良いよ、かずくん」
来夢のその言葉に一安心するが、続く言葉にその気持ちは打ち砕かれる。
「でも、クレセントムーンがある時よりは能力落ちてるけどね」
わざわざ、それって付け足す必要あるところなのか…?
不安が増すだけなのだけれども。
「とにかくだ、お前はまずはアルドが分かる様にならないといかん。来夢ちゃんがそうやって飛ばしてくる風は、アルドによって作られたものだ。風は目で見る事は出来ないが、アルドを察知する事でその風を見る事が出来る。いいか、アルドを感じるんだ!」
ここにきてやっと特訓内容を明らかにする父さん。
最初から、まずは一回見てから説明するつもりだったのだろう。
にしても、
「アルドってのはどうやって見るんだ?」
「見るんじゃない、感じるんだ!」
そう言われても、さっきのは全く分からなかったんだが。
「いや、もっと具体的に何かないのかよ?」
「お前には元々素質はある。後は慣れだ。今のを何度も繰り返してれば次第に分かって来るはずだ。って事で、来夢ちゃん頼むよ!」
「はい、お義父様!」
相変わらずの即答に若干不安が増す。
「いや、ちょっ――」
「じゃあいくね、かずくん!」
僕の言葉はかき消され、再び来夢の周りの光が増す。
あーもーどうにでもなれだ。ごちゃごちゃ言っている暇は無い、という事か。
そうして僕はようやく腹をくくり、来夢から飛んで来るであろう風の刃に意識を集中し始めた。




