閉じた瞳
「かずくん、話は終わったのかな?」
ハアハアと息を切らす僕に、座ったまま出迎えた来夢がそう問い掛けて来た。
「あ、ああ。たぶんね」
そう答えると、来夢はにっこりと微笑む。
悔しいが、父さんの言う通り、この微笑みの美しさには思わず見惚れてしまう。
そういえば、この目は見えていないんだな、とその閉じられた瞳を目にして思い出す。
来夢の反応は、どう考えても僕が何処に居るのかはっきりと見えている様にしか思えず、知らなければ妹の様に、目が細いだけだと思ってしまうだろう。
と、そこで思い出す。
可能性の未来――僕が来夢にプロポーズをしていたあの夢…いや、幻の中で、来夢の目がはっきりと見開いていた事を。
あれが、本当に起こり得る未来なのだとしたら――
「そういえば、来夢のその目は…見える様になるのか?」
その言葉に、来夢は小首を傾げる。
「私は小さい頃からずっとこの状態で、不便だと思った事も無いんだけど…。かずくんは、私が目が見える方が良いと思う?」
再び、あの時の映像が浮かぶ。
「いや、来夢の瞳は綺麗だったなと思って」
って、何を言ってるんだ僕は!?
あれは幻で実際見た訳じゃないから、本人に言ってもそれ何時見たんだって話で!
じゃなくて! 何故それを今、口にしたのかってことだよ!
目の前の来夢は、案の定、不思議そうに首を傾げたままだ。
僕は、何か言わなくては――と思うが、言葉が出て来ない。
そ、そうだ! 予知夢の未来で見たと言えば――
その考えに至るのと、来夢が動くのは同時だった。
「良く分からないけど、嬉しい!」
座った状態からの、腰部に向かっての体当たり。もとい、抱き付きだ。
僕は足の自由を奪われ、バランスを崩して地面へと倒れ込む事になる。
「うわわぅっ」
今回は受け身を取る事が出来たので頭を打ち付ける事は無かったが、やはり全く痛み無しという訳にはいかない。
打ち付けた背中の痛みに耐えていると、足に手を回していたはずの来夢が、いつの間にかずりずりと這い上がって来ていた。
胸の上にまで頭が来て、心音を聴く様にして耳を当てる形で動きが止まった。
思い出されるのは、幻の中の言葉。
――来夢には何時も押し倒されてばっかりだな――
いや、ホント、まじで、この人こんな事ばっかりなのか!?
二度目の経験で、前回よりは落ち付――くなんて事は無いよな!?
相変わらず、胸はバクバクと、先程走って来た時に鳴っていたよりも大きいんじゃないかという程の爆音を上げている。
すると、そのまま来夢は横を向いた形で話し掛けてきた。
「かずくんがそう言うなら見える様になる!」
なるって…言ってなれる様なものじゃ無いのでは?
いやでも、来夢は持っていたクレセントムーンの欠片を星河へと渡したのだから、その代償として失っていた視力は回復するのか?
「えと、それって、自然と回復するって事なのか?」
「流石にそれは無いよ。でも、愛の力があれば何でも出来るでしょ!」
いやいやいやいや、愛の力って何だよ!
そんな究極の力があるなら、それでアンビシュンをやっつけちゃって欲しいよ!
未鈴はこの人が生徒会長だとか言ってた様な気がするが…実は馬鹿なんじゃ無いのか…?
と、僕がそんな事を考えていると、上から別の声が聞こえてきた。
「実際の所は、星河ちゃんが本来のクレセントムーンの力を使えるようになれば、視力を回復させる事は可能だろうな」
その声に、サーッと頭から血の気が引いて行くのを感じる。
「えーっと、父さん? 何時からそこに?」
「そりゃあ、お前らが抱き合って横になった辺りだな。ひゅーひゅー、若いって良いねぇ」
抱き合っていた訳ではないんだが――と言おうとしたが、先を越される。
「もう、お義父様ったら。照れるじゃないですか」
手をパタパタと顔の前で振りながらそう口にする来夢。
え? 照れるの? これだけ自分から周囲気にせず行動していて?
そんな僕の内心はお構い無しに話が進む。
「まぁ、いちゃつくのは大いに結構なんだが、そろそろ修行の方に移りたいんで良いかな? 来夢ちゃん、続きはまた後でって事で」
「はい、分かりましたわ! お義父様!」
元気良く答え、僕の上から起き上がる来夢。
それに続き、もうどうにでもなれと思いながら、僕もゆっくりと立ち上がった。




