父と子
僕と父さんは夜の闇の中、並んで歩く。
しばらく無言のまま歩いていたが、丘を下りて五十メートル程歩いた所で、父さんが沈黙を破った。
「彼女のこと、思い出したんだろう?」
彼女というのが誰を指すのか――いや、言われるまでも無いか。
「来夢の事だよね。やっぱり、忘れていたのか…。完全に思い出した訳じゃないよ。断片的に…元々、小さな時の記憶だから曖昧だしな。忘れていたのは、父さんが関係しているのか?」
来夢から、最後に会ったのは僕の父さんと初めて会った時だと聞いている。
そして、今この話題を切り出す理由…関わっていないと考える方が無理がある。
「ふっ、流石にそれは勘付くか。そうだ、俺がお前の記憶を封印した。彼女に関する記憶をな」
記憶の封印などという事が出来るという事にまずは疑問を持つべきなのだろうが、クラウドルインズという力をもってすれば、それは容易い事なのだろう。その事は置いておく。
問題は、
「どうしてそんな事を?」
その問いに、父さんは肩をすくめる。
「おいおい、そこまで気が付いているのなら察しは付くだろ? まぁもったいつける必要も無いから言ってしまうが、聖風家と関わって欲しくなかったからだな」
その言葉を受け、僕は考える。
また考え無しに問い返しても、馬鹿にされるだろうという事が分かったからだ。
そして、十数秒の思考の後に口を開いた。
「俺が成長する前に聖風家と関わって、余計な知識を得ないためか。でも、どうして成長を待つ必要があるんだよ? 聖風家の二人は、小さな時からある程度の知識は教えられていたと言っていた。俺や星河は、全くシュトゥルーに関して教えられてなかったのは…何か理由があるんだろう?」
父さんは何処か遠くを見る様にして視線を動かす。
それはおそらく、聖風家で修業をしているという星河の事を考えたからであろう。
「星河ちゃんは、もう解決はしたが…その寿命に関わる話だからだ。子供の頃位はのびのびと、何かに縛られる事無く生きて欲しいって理由からだ。それと、うちの事情は少し違う」
そこで、父さんは僕の方へと視線を向ける。
「な、何だよ?」
今まで見た事が無い様な、あまりに真剣な顔だったため、僕は思わずそう問い掛けていた。
そうしなければ、何だか不安になる様な――そんな鋭い眼差しだった。
「お前は予知夢を見る事があるよな? それがクラウドルインズの継承者の力に因るものだってのは、もう察しただろう?」
流石に、これだけの事があれば当然だ。
「ああ」
僕はそれだけ返事をする。
「って事で、俺も予知夢を見るんだ。お前と同じ、クラインズの血を引いているんだから当然だな。そして、俺は夢に見た。俺が、近明高校の制服を着た自分の息子に、こういった話をしている夢を、な」
その言葉に、僕は目を見開く。
つまり、父さんは今こうして会話している事を予知夢で見たと言っているのだ。
そして、話の流れからすると、僕が小さな頃に――もしかしたら生まれる前かもしれないが、未来に今のこの場面が訪れるという事を予知していたという事だ。
あまりにも遠い未来の予知だ。僕が今まで見て来たのは、せいぜい間が空いていても一カ月程……。
そんな事を考えていると、父さんが笑いを漏らす。
「ははっ、やっぱりそういう反応か。そこまで遠い未来の事を見た事は無い、と?」
「あ、ああ」
考えている事が読まれているというのは、あまり気分が良いものじゃないな。
そんな内心は表に出ていた様で、
「そんなに嫌な顔をするな。俺の方がこの力との付き合いは長いからな。お前よりは良く知っているんだよ」
そんな事は分かっている。そんな事より、
「そうやって、もったいつけて話されるのが気に障るって事だよ」
口に出ていた。
すると、再び笑い声が聞こえて来る。
「はははっ、そりゃあすまなかったな。俺も昔は自分の親にそう感じていたんだが……ったく、俺もいつの間にか歳を取ってたって事だな」
「で、良いから早く本題に入れよ。何が話したいんだ?」
流石に少しイライラして来て、言葉がきつくなってしまった。




