幼い記憶
「ごめん、えっと、どんな事があった…かな?」
一瞬、来夢は悲しそうな表情を浮かべるが、すぐに先程までの笑顔に戻る。
「かずくんと初めて会ったのは、小学校に入ってすぐの頃。ここからちょっと南に行った所にある小さな公園で会ったんだよね」
小さな公園? まず思い浮かぶのは昨夜、星河と共に訪れた公園だ。
「そこで、学校で友達が出来なくて泣いていた私の、初めての友達になってくれたのが、かずくんだったの」
あれ、その記憶は…昨日星河が話した言葉と僕の記憶が食い違っていた…?
「かずくんのお陰で、学校でも友達が出来たんだよ。かずくんも一緒に喜んでくれたよね?」
小首を傾げる目の前の少女に、僕は何とも言えない胸の中のもやもやを感じる。
そんな事があった――あった様な気がする。でも、はっきりしない。そりゃあ、幼い時の記憶だ。はっきり覚えていないのはしょうが無いのかもしれない。
だが、僕の胸の中のざわめきは次第に大きくなる。
僕が何も答えないでいると、来夢は続けて話し出す。
「一緒に肝試しをした事もあったよね」
「…え?」
再び、昨夜星河と話した内容がよみがえる。まさか――
「二人で真っ暗な中、善恩寺まで一緒に歩いたよね。あの時のかずくん、とっても頼もしかったのは覚えてる。私はけっこう怖がりだったからさ、ずっとかずくんの腕にしがみついてたっけ」
そう、そうだ。肝試しで星河と二人で――いや、本当に星河か? ただ、女の子だったというだけで星河だと思っていたのではないか?
「善恩寺の大杉の前で、来た証拠の石を受け取ってさ。杉の所に居たお化けの格好した大人がさ、凄い怖かったよね」
そう、杉の木まで歩いて行ったのは確かに覚えている。でも、星河は行ってないと言っていた。
あの時、一緒に居たのは本当は――
目の前の少女の顔をまっすぐに見つめる。
この顔を幼くすれば、どんな感じだ…?
ズキンツ
急に頭に激痛が走り、思わず手を額に当てる。
「ど、どうしたの? かずくん?」
目の前から、細くて白い綺麗な手が差し出され、僕の頬に添えられる。
「ちょ、ちょっと、一輝! どうしたのよ?」
星河の慌てた様な声が聞こえてくるが、今はそれどころじゃない。
「い、いや、何でも無い」
頬に置かれた手を振り払うと、再びその手は肩の上に置かれる。
「一輝、姉さんの言っている事に思い当たる事はあるのか?」
そう問いかけてきた時雨の言葉に、
「あ、ああ。はっきりとは思い出せないが…そんな事があった様な…」
「あったんだよ、かずくん」
微笑む目の前の美少女。
「で、でも最近は会ってないよな? 最後に会ったのは何時なんだ?」
胸の中のざわめきを抑えようと心がけながら、僕はそう問いかける。
「小学六年の時だよ。いつもの公園で」
小学校六年生? 流石にその頃の記憶が一切無いというのはおかしい。
覚えているはずだ。
だが、一向に思い出せない。
小学六年の時に、あの公園で目の前の少女と会っていたと…?
誰か別の人と間違えて覚えている訳ではない。
あの公園で誰かと会った記憶は、星河のものしか無いのだ。
星河と目の前の少女の記憶だけが、見事にごちゃ混ぜになっていると言うのか?
「いつも通りだと思っていたあの日、初めてあの公園にかずくんのお父さんがやって来たの」
ズキズキッ
再び頭に激痛が走る。
今度の痛みには耐え切れず、僕の体は横に揺れる。そのまま僕の体は、右肩からコンクリートの床へと倒れ込む。
「かずくん!?」
「か、一輝!?」
「お、おい!」
三つの声が重なり合って聞こえて来たような気がしたが、そのまま僕の意識は暗闇の中へと真っ逆さまに落ちて行った。




