姉と弟
「……やけにその話にこだわるな。それは言う通りだが…言いたい事は他にあるんじゃないか?」
流石に察したか。ならば、
「時雨、君の方がイーストステアーズの継承者なんじゃないのか?」
そのままの言葉を投げつけた。
その言葉に、時雨は返答を迷うような仕草を見せる。
「どうして、そう思った? 確かに、継承者は俺でも姉さんでもどっちでも良いが――」
夢で見たから――とは言えない。だが、答えは簡単だ。
「彼女はクレセントムーンを使うために視力を失ったとさっき話したよな。もし、イーストステアーズの力を使えるなら、そこまでしてクレセントムーンを使う必要は無いんじゃないか?」
僕のその問いに、時雨は答えない。なので、続ける。
「クレセントムーンやイーストステアーズを守るのも役目の内なのだとしたら、わざわざ視力をなくすというリスクを冒してまで二つの力を持つってのは、理にかなわないんじゃないか?」
「なるほどね。確かに一輝の言う通りだ。そう、俺がイーストステアーズの継承者だ」
時雨はそう言って、あっさりと僕の言葉を認めた。
だが、話はそれで終わりではない。むしろここからだ。
「そうか。でも、時雨、君はさっきは継承者はお姉さんだと言っていた。何故そこで嘘を吐いた? それを言って貰えなければ、僕は君を信用する事は出来ない。さっき話してくれたシュトゥルーに関する話、何処までが本当で何処までが嘘なのか……いや、もしかしたら全てが嘘かも知れない」
流石に全てが嘘だとは思わなかったが、嘘が散りばめられている可能性は大きい。
もし本当に僕らもシュトゥルーから来た者達の末裔なのだとしたら、父さん達に聞けば何か分かるだろう。だから、わざわざここで時雨に全て確認する必要は無い。
それでも、時雨自身に聞きたかった。それは、信じられないからではない。僕は時雨の事を信じたいと思っているのだ。
予知夢の中で紋章術をつかって激しく戦っていた時雨。確かに言動は少し悪役っぽかったが、それでも、自分の欲望を満たすためだけに人を傷つける様な人間では無い――そう感じた。
だから、僕らに信じて欲しい、仲間になって欲しいと思っているのなら、本当の事を話して欲しいと思った。
時雨の目をじっと見つめ、僕は答えを待つ。
すると、時雨は不意に視線を反らすと、頭をかきながら口を開いた。
「嘘を吐いたのはすまなかったな。だが、その理由は…俺の個人的な…後悔? うしろめたさ? ……何て言ったら良いか分からないんだが、姉さんに対する感情に起因する事だ」
恥ずかしげな様子は、己の心の内を話すという事からか。
時雨は言葉に詰まりながらも、ポツリポツリと話していく。
「本当は、さっき言った通り…姉さんがイーストステアーズを受け継ぐはずだった。そう、本来は…そう、だったんだ。継承されるのは、俺達が九歳の時だったが…継承の儀式の前日、俺は怪我をした。外で遊んでいて、ちょっとしたきっかけで木の上から転落したんだ。そのままだったら死んでいたかもしれない。何か障害が残ったかもしれない。けれども、その時姉さんは迷わずクレセントムーンの力を使ったんだ。クレセントムーンには癒しの力がある。その力で、俺を助けてくれたんだ。結果、姉さんは視力を失い、そんな者にイーストステアーズを任せるよりは俺の方が良いという事で…結局は俺がイーストステアーズを受け継ぐ事になったんだ」
話し終えた時雨は、ちらりと後ろのソファーへと視線を送る。
俺も星河も同じ様に、そこで静かに寝息を立てている人物へと視線を移した。
「えーと、ごめん、というか、ありがとう、か? その、話しにくい事を言ってくれて」
「うん、ありがとう」
しどろもどろにそう言った僕に、はっきりとした言葉で星河が続く。
「はっ、気にすんな。って事で、不安は解消したか?」
振り返った時雨は、照れ隠しなのかさっさと話を進めようとする。
「ああ、そうだな。とりあえずは、納得したよ」
僕がそう応えると、時雨は明後日の方向を向くと大げさにうんうんと何度も頷いた。
どう見ても照れ隠しである。




