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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
二章 前兆
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有り得ぬ夢

   二章   前兆


 辺りは漆黒の闇。

 人工の光は一つも見つからず、月の光だけがその場を照らしている。

 目の前には大きな一本の杉の木が立っている。優に高さは三十メートルを越えているのではないだろうか。幹も太く、大人三人が手を繋いで届くかどうかという感じだ。

 何処かで見たことがあるような……記憶の隅に何か引っかかるようだけれども、思い出すことは出来ない。

 その大樹の前に、一人の男が立っていた。

 その杉と比べるとあまりにも小さい人影。その姿だけは、何故か暗闇の中に在りながらはっきりと見て取ることが出来る。

 僕の良く見知った服装――近明高校の制服を身に付けていた。

「ここはまだ大丈夫か」

 杉の木へ右手を添え、男はポツリと呟く。

 すると、突然男の背後から声が響いてくる。

「何が大丈夫なのかな?」

 杉の木を向いていた男は、驚き後ろを振り返る。

 いつの間にか、十メートル程先に一つの人影が現れていた。

 暗闇に溶け込むかのような黒い袈裟に編み笠。つい最近、見た覚えのある姿だ。そう、下校途中に目にした、あの坊さんと同じ。

 ただ、その手には見覚えのない錫杖が握られている。木製らしいその杖は、坊さんの肩の高さ程の長さで、先端には金属製の輪が五つ付いている。

「お前は――!」

 制服の男が苦々しげにそう言葉を紡ぐ。

 そして、いつでも動けるようにか、半身を後ろに引き膝を曲げ重心を下げる。

「やはり、ここがそうなのか」

 男の反応を見て、坊さんは何かに納得した様子。

 ゆっくりと錫杖を一度持ち上げ、すぐに地面へと降ろす。同時に、しゃらんと金属の擦れ合う音が辺りに鳴り響く。

 その音が合図だったのか、どこからともなく奇妙な姿形の影達が現れ、杉の大木を背にした男を取り囲む。

 一見、黒い全身タイツを身に付けた人のように見えたが、そうではなかった。

 その一つ一つが、全く光を寄せ付けていないような…そう、影そのものといった感じ。

 そして、その頭や肩や腕、背中と各々別々の所から角の様な突起が生えている。

 人と似た形。だが人とは一線を越えた形。

「ゲルドの怪物共か!!」

 制服の男が動いた。

 そして、一瞬遅れて影の化け物達が、それまで男のいた場所に殺到する。

「消え去れ! イル・デ・ション!」

 上空から声が響く。

 どうやったのかは分からないが、制服の男は空を舞っていた。

 そして、影達へと向けられた両手の周りが何やら赤く輝き、空中に紋様の様なものが浮かび上がる。

 次の瞬間、黒い影の塊が爆炎に包まれる。

「ぎぃゃああぁああああああああぁあ」

 とても人のものとは思えない、地の底から湧き出てくるかのような悲鳴。それが、炎に包まれた犠牲者達の最後の叫びだった。

 制服の男は空中で一回転し、軽々と地面に着地する。

 坊さんの方は全く移動しておらず、二人の間隔は倍近くに広がった。

 すると、爆発と炎から逃れたのであろう異形の影達が、全く恐れることなく再び男へと向かっていく。

「イル・デ・ギムリ!」

 再び制服の男が叫ぶ。

 先程と同じ様に男の前方に赤い紋様が現れるが、今度は影達の行く手を阻むかのように炎の壁が現れる。

 その時、


どーーーーーーーーーーん!!!


 空気を揺るがす大音響。

 一瞬にして、その場にいた者達の目が音源の方へと向けられる。

「向こうも始まったか」

 坊さんが感情のこもらない呟きを漏らし、

「あれは、まさか――」

 制服の男は目を見張る。

 遠方に、おそらく男達のいる場所からは低い位置になるのだろう、暗闇の中、見下ろすような形で真っ赤に浮かび上がる建物が目に入る。

「君の予想通りだよ。あちらの方の目星は、もう既に付いていたんでね」

「ちっ」

 坊さんの言葉に男は舌打ちする。と、男は坊さんに背を向け、迷うことなく真紅の建物に向かって走り出す。

「やれやれ、今から向かっても無駄だというのに」

 特に追いかける様子もなく、呟く坊さん。

 そして、

「一応追いかけろ。まぁお前達では無駄だと思うが」

 残っている影達に命令を下す。

 すぐに影達は言われた通り、男の走って行った方向へと消えて行く。

「では、私は私の仕事を終わらせるか」

 影達が居なくなるのを見届け、ただ一人残った坊さんはそこでやっと動き出す。

 前方にある大杉に向かい、ゆっくりと歩を進める。


しゃらん。しゃらん。しゃらん。


 錫杖の金輪の音だけがやけに大きく辺りに響いて聞こえる。

 そして――


ざん。


 大木の目の前まで来たかと思うと、その錫杖を水平に一閃。


ずずずずずずず――ずどーん!


 重々しい音が鳴り響く。

 根元近くから切断された杉の大木は、何百年か続いてきたその生涯を終え、地面へとその巨大な体を横たえた。



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