隠れ家
僕達二人が完全に中に入ると、入口が自動的に閉まってしまう。そのため、辺りは真っ暗になる。
「お、おい、何も見えないんだが?」
不安になって前に居るはずの青木時雨に話し掛ける。
「中の部屋に入れば明かりはある。それまでは我慢しろ。壁に手を当てるとかして足を踏み外さない様気を付けるんだな」
そう声が聞こえてくるが、その部屋までどれだけかかるのか。
二十段程の階段を下り終えると、平らな道へと変わる。足元の感覚から、階段と同じ石かコンクリートで固められた通路の様だが、どれだけ続くのか。
不安に思いながらも、冷たいゴツゴツした岩の感覚の壁に片手を添わせながら進む。
だが、それも十歩程の距離だった。
「止まれ」
短い青木時雨の声の後、目の前から、「トントンッ」とおそらく木製の扉をノックする音が響く。青木時雨が目的の部屋の扉をノックしたのだろう。
数秒間の沈黙の後、「カチャリ」とカギの外される音が聞こえてくる。
と、視界の端に細長く明かりが見えたと思ったら、そのまま一気に視界が広がる。
扉が開かれ、部屋に灯る明かりがもれて来たのだ。
「急いで入れ」
言われるままに青木時雨の後に続いて部屋の中に入ると、すぐに青木時雨は入って来た扉のカギをかけた。
「一輝!」
名前を呼ばれ、その方向へと振り返ると、そこには幼馴染の少女が立っていた。
「星河! 良かった…」
ひとまずほっと息を吐く。
星河は外見には怪我などのおかしい所は無く、見慣れた制服姿だった。
敵に襲われてここまで逃げて来たという事はなさそうだ。
そこでやっと落ち着いて部屋の中を見回す。
地下にしては広い部屋で、ぱっと見で二十畳程の広さがある。
壁にも天井にも床にも、むき出しのコンクリートが見える。ここまでの壁の感覚から、自然に出来た洞窟の中なのかと思っていたら、人工的にしっかりと作られた地下室の様だ。
部屋を照らすのは普通の家と同じ蛍光灯で、入って来た扉の脇には一つスイッチがあるのが目に入る。電気が引かれていて、電化製品も問題無く使える様になっている様だ。
部屋の壁の大半は本棚によって隠されていて、その本棚も一杯の本によって埋まっている。書斎だとか資料室だと言っても良さそうな雰囲気だ。
入って来たのとは別にもう一か所、入口と同じ形の扉が目に入るが、別の部屋に続いているのだろうか。
部屋の中央には、古い洋風の木の机が一つ、どんと据えられており、それを取り囲む様にして、これまた古そうな木製の椅子が六つ並んでいた。
その脇に一つ、三人は座れるだろう大きな、これまた年代物であろうソファーがあったが、ソファーの柄等は良く見る事は出来なかった。
何故なら、その上には薄い毛布の掛けられた一人の女性が横になっていたからだ。
一目見て分かった。聖風家のお嬢様らしい少女だという事は。
そのソファーからこぼれ落ちている、長い漆黒のつややかな髪の毛を見れば。
青木時雨はそのソファーに向かって歩いて行く。
それに対して、星河が口を開く。
「青木君が出て行ってすぐに眠ったみたいよ。やっぱりまだ、休息が必要みたいね」
「そうか…」
スウスウと寝息を立てる少女の顔をのぞき込んだ青木時雨は、そう呟くとソファーを離れ、机を囲む椅子の一つに腰を下ろす。
そして、
「お前達も座れ。姉さんが寝ているからあまりうるさくは出来ないが、ここなら周りを気にせず話が出来る」
そう言って、僕と星河に座るように促す。
言われた通り、僕と星河は青木時雨と机を挟んで反対側の椅子に並んで座る。
「とりあえず、星河に何があったのか知りたいんだけれども」
僕は横へと話し掛ける。
「一輝は、何となくは知ってるんだよね? 昼間、これを気にしてたし」
そう言って、星河は胸元から首に掛けているペンダントを取り出した。
三日月の、星河の母親の形見のペンダント。
だが、僕が答えるよりも早く、青木時雨が口を挟んで来た。
「クレセントムーン――俺達の御先祖がこの世界に持って来た三つの至宝の内の一つだ」
クレセントムーン? 三つの至宝? この世界に?
疑問符が幾つも浮かぶ。だがしかし、同時に今までの夢の中で聞いた話と繋がる部分が幾つも見えて来た。
三つの至宝――それは恐らくザルードが目的としている物。それを星河が持っていたのだとすれば、確かにもう無関係とは言う事は出来ない。
「その、クレセントムーンって名前だけはさっきもあなたの家で聞いたんだけど、一体何なのよ? これは私のお母さんの形見なのよ?」
その青木時雨に対する質問に対し、今度は僕が口を差し挟んだ。




