道行く人
昨日と同じ様にインターホンをを押すが、いくら待っても反応は無い。もしや壊れているのか? などと思って何度か押し続けてみるが、全く変化はない。
予知夢の通りだとすれば、今、中には星河達が居るはず。
いや、もしかしたら夢の場面はとっくに終わっていて、二人はこの部屋から去っているという事もあるかもしれない。
夢で見た空は、今の空より赤かったのか青かったのか…そこまではっきりと覚えてはいないのだから。
トントンッと扉をノックして、数秒待つ。
それでも何の反応が無い事を確認し、僕はドアノブをひねって手前に引く。
これも昨日と同じ様に、何の抵抗も無く扉は開いた。
「やっぱり開いてるのか…。お邪魔します」
一応、そう断ると中へと入る。
部屋の中は薄暗かったが、まだ夕方という事もあり、昨夜と違って電気を付ける必要は無いだろうと判断して、そのまま例の女性を寝かせた部屋へと向かう。
襖に手を掛け、
「失礼します」
そう言った後に一拍置くが、何の反応も無いのでゆっくりと慎重に襖を開けていく。
開いた部屋の中には、誰の姿も無かった。
赤茶けた障子越しに差し込む夕日によって、オレンジ色に染まる部屋内の色は夢の中の記憶と一致したが、そこにいた二人の人物は、今、目の前には居ない。
あるのは、布団がめくられ、最近まで誰かが寝ていた様に見えるベッド。
すると、不意に後ろから声を掛けられる。
「よう、やっと来たか」
はっとして振り返ると、閉まった玄関の扉を背に、青木時雨がそこに立っていた。
「えっと、あの、俺は――」
何と説明しようかと言葉を探しながらの声に、青木時雨はふんっと鼻で笑った後に、言葉を差し挟み、
「話はお前の連れ――日高星河から聞いている。日高星河と姉さんには先に移動して貰ったが、俺はお前、如月一輝が来るのを待っていたって所だ」
簡単に状況説明をしてくれた。
「そうなのか…。で、待っていたって事は、俺も星河と同じ所に連れていってもらえるのか?」
「ああ、その予定だ。少し状況が変わったんでね。お前達二人を無関係とする訳にはいかなくなったのさ。まぁ、とりあえず、いつまでもここに居るのは危険だから、一緒に来て貰おうか」
言い終わると、僕の返事を待たずに青木時雨は扉を開けて外に出ていってしまう。
このまま一人室内に残されていてもしょうがないので、僕も続いて室外へと向かう事にする。
外に出ると、そこには既に青木時雨の姿は無かった。
代わりに、ポケットの中にある携帯電話が鳴る。
急いで携帯を取り出すと、誰か分からないナンバーからの着信だった。
僕は迷う事無く、それに応答する。
「もしもし?」
返って来たのは、今さっき聞いた声。
『ここからは、この電話の指示通りに歩いて向かえ。決して振り返ったり、周りをきょろきょろ見たりするなよ。ただ真っ直ぐ前だけ見て進め』
その一方的な青木時雨の指示はあまり気分の良いものでは無かったが、星河の無事が確認出来るまでは、彼に従うしかない。
「分かった。どうすればいい?」
『今後は問いかける必要はない。電話を切らずに、ただ指示だけ聞いていろ』
「了解」
『まずは、階段を下りて、この建物の前の道路に出ろ』
淡々と指示を出す青木時雨。
僕はそれに従い、階下への階段を下り始めた。
ふと、電話代いくらかかる事になるんだろう…という疑問が頭に浮かんできたが、考えないようにしようと、携帯から流れてくる声にだけ集中する事にした。
青木時雨の指示は、道路の交差点に来るたびに右に曲がれだとか左に行けだとか、そのまま直進しろだとかいった、進路の指示だけだった。
最初の内こそ、でたらめに曲がらせられる事で自分がどこに向かっているのか分からなくなっていたが、暫く経つと、自分がジグザグと進んだりぐるっと回ったりしながらではあるが、ある一定の方角に向かって進んでいる事が分かってきた。
その方向は、おそらく、燃え落ちたはずの聖風家のお屋敷の方向だ。




