魔法使いと騎士
言葉通り、真正面から突進したザルードは一瞬にして間合いを詰め、両手で構える錫杖を時雨に向けて振り下ろす。
一方、武器など持たない身の時雨だが、錫杖の一撃を身をひねってかわすと反転。回転の勢いを乗せた強烈な回し蹴りをザルードの後頭部に向けて放つ。
だがそれは見抜かれていた様で、ザルードは身をかがめてその足の軌道から外れる。
地面へと戻るかと思われた降り上げられた時雨の足は、しかし、地を踏む事は無く、丁度足元近くに振り下ろされていた錫杖の上へと下ろされる。
ガツンッと重い音が鳴り響く。
手に持った錫丈に急に重さが掛けられた事でバランスを崩したザルード。
その頭上から、両手の拳を合わせて時雨が振り下ろす。
ぎりぎりの所でザルードは身体をひねってその軌道から外れるが、拳の一撃はその左肩に命中する。
ガンッというまたしても重い響きは、ザルードの身にまとう重そうな鎧が発した音だ。
素手の時雨の手の方が痛いんじゃないかと思ったが、そこには全く痛そうな素振りも見せずに、次の行動に移る時雨の姿があった。
時雨とは反対に痛みに顔を歪めるザルードに対し、一度飛び退いて十メートル程の間合いを取る時雨。
「イル・デ・ラース!」
叫びと共にまたその正面に赤い紋様が浮かび上がり、それを突き抜ける様にして、再び間合いを詰める時雨。
その間に、体勢を整えて錫杖を時雨に向かって正面に構えていたザルードは、だがしかし、反応が追いつかなかった。
何故なら、紋様を突き抜けた――そう思った次の瞬間には、全身に炎をまとった時雨の突進がザルードに到達していたからだ。
真正面からの突進は、まずその身の前に構えられていた錫丈にぶつかる。
だがそれは、小枝が折れるかの如く簡単に中心からぽっきりと折れてしまう。
それでも全く時雨の勢いは緩まず、ザルードの腹部、鎧の中心へと激突する。
「ふぐああああっ」
苦悶の叫びが漏れた事から、鎧の下にあるその身体にまで衝撃が伝わった事が明らかになる。
そのまま、時雨がザルードを押し続ける形で十メートル、二十メートル、三十メートル――
地面に長々とレールの様な跡を残して、やっとそこで二人の動きは止まった。
自分で魔法使いと言っていた割には肉弾戦中心じゃないか…などと僕は心の中で突っ込む。
と、時雨はくるっと、後方に宙返りをしながらザルードから離れる。
「どうだ? 効いただろう?」
余裕の時雨の言葉に、ザルードはげほげほと咳き込んだ後に答える。
「ああ、お陰で目が覚めた。イーストステアーズ…思っていた以上の力らしいな」
そう言って顔を上げたザルードの目には、未だ闘志は消えていなかった。
身体にまとう鎧は腹部に大きな穴が開き、そこから周囲へとひび割れが広がっている。
まとっている鎧など何の役にも立たないと思い知らされ、むしろ邪魔だとでも思ったのだろうか? ザルードは腕に付けている鎧の留め金を外し、ドスンッと重そうな音と共に腕部の鎧が地面に落ちる。
続けて、ボロボロになった上半身の鎧をはぎ取る様にして体から引き離し、足や腰など全ての重そうな鎧がその身から離される。
残ったのは、下の着ていたのであろう黒いアンダーシャツとズボンだけ。あっと、頭の額当てもそのままだ。
「おいおい、どうした? 炎のせいで暑くなったのか?」
その様子を、邪魔する事もなく見守っていた時雨は、そんな軽口で身軽になったザルードを迎えた。
「この鎧は、私にとっては身を守る防具では無く、ただの拘束具だ。これを外すことで、やっと本気で戦える」
強がりとも取れるその言葉は、だがしかし、闘志の失われていないその瞳と合わせてみると、現実味を帯びてくる。
「はっ、そりゃあ良い! これ位で終わってもらっちゃあ、楽しむ暇もないぜ」
相変わらず余裕の台詞を口にする時雨。
「ふふ。そう言っていられるのも今の内だけだ。これから、十分楽しませてやるよ!」
言葉と同時、ザルードは四本足で地をはう獣の様な構えへと変わる。
「何だそれは! はっ、本当に楽しませてくれそうじゃないか!」
楽しそうにそう叫んだ時雨は、続けて後方の宙に舞った。




