闇夜の会話
「それで、私を呼び出したという事は、こちらの要件は当然分かってるんだろうな?」
僧侶の問いに対して、青木時雨が答える。
「もちろん。貴様らは、わざわざこっちの世界まで探し物に来たんだろ? で、目的の物ってのが――――だ」
まただ。また、最初の夢の時と同じ感覚。
何故か、聴き取る事が出来ない言葉があった。
集中して二人の会話を聞いていたのに。青木時雨の声が、特別小さくなったという事も無いのに。
けれども、そんなこっちの疑問にはお構いなしで会話は進んで行く。
「それだけではない。他の二つもだ。そちらは私達を片付けたいと思って誘き出したのだろうが…さて、貴様一人で何が出来るのかな?」
その言葉に、青木時雨は鼻で笑う。
「もちろん、俺一人で片付けるつもりだ。前回とは違うぜ? 周りへの影響や被害を考えなくて良ければ全力で戦える」
「なるほど。それが、ここに入って来た時に感じた違和感の正体か」
何かに勘付いたのか、僧侶の目がすっと細められる。
「ああ、学校の人払いは昼間の一件で済んでいる。後は、ここで暴れ回っても周りにばれなければいいだけだ」
「それで、周囲から中の変化が見えなくなるこの結界な訳か」
「さってと。状況が整理出来た所で始めようか。話し合いをするために呼び出した訳じゃあないしな」
「私としては、話し合いで目的の物を渡して貰えるならそれに越した事は無いのだがな?」
そう言いながらも、僧侶は手に持つ錫杖を掲げ、しゃらんと金輪が鳴る音を響かせながら一気に地面へと下ろす。
すると、今まで何も無かった僧侶の後ろのその空間に、正に影が浮き上がるかのようにして幾つもの黒き異形達が姿を現す。
「ふっ、相変わらずゲルドの怪物達かよ。そんな雑魚共で、俺を止められると思うなよ」
身構える青木時雨。
だが、怪物達はすぐには動かずに僧侶の後ろで身動きしない。
「まぁそう焦るな。戦う前に、名を聞こう」
言葉と共に、僧侶は胸元の袈裟に手を掛ける。そしてはぎ取られるようにしてその袈裟や衣が宙を舞い、男の姿が一瞬見えなくなったと思ったら――次の瞬間。
そこには、全く別の男が立っていた。
「我は、アンビシュンが皇帝サイタニアの第一の剣、インペリアルガード第一席、ザルード=ガルティア!」
長々と、意味が良く分からない名乗りを上げるその男は、それまでの僧侶姿とは全く違う。
隠れていた別の服装が現れたとかそんな簡単なものではなく、見えていた部分の顔の形や体型まで変わっていた。
編み笠を被っている感じでは坊主頭の様に見えていたが、そこに現れたのはさらさらと風になびく白銀の髪。鉢巻の様な額当ての様な、そんなものをしているので長い前髪は押し上げられて後ろに流されている。
中年程に見えていたその肌は、どう年上に見ても二十代程にしか見えない肌つやになっている。変わっていない点があるとすれば、相変わらずの無精ひげが生えているという点だろうか。
身体には、西洋鎧の様な重厚な鎧がまとわれている。はっきり言って学校の校庭には場違いな姿ではあるが、先程までに比べればこれから戦闘が始まるんだというのには頷ける格好だ。
とは言うものの、西洋鎧を身にまといながらもその手に持つ錫丈は相変わらずなため、なんだかアンバランスな感じがする。
これが剣であるなら、彼が発した言葉にもかなう正に騎士といった格好なのにな、などと少し残念に思うのは、僕が映画でも見る気分でこの場面を見ているからだろうか。
「へーえ。変装しているだろうとは思っていたが、まさかそこまで変われるとはな。ザルードとか言ったか? 皇帝の剣なんてやめて俳優にでもなった方が良いんじゃないか?」
真面目な名乗りに対して、変わらず冷やかす様な言葉で返す青木時雨。
だが、その言葉にザルードは何の反応も示さない。
それは、ただ相手の名乗りを待つだけだと言いたげな姿勢。
十数秒の後、ついに耐えられなくなったのか、呆れたように青木時雨は口を開いた。
「わーったよ。ったく、実は堅物な騎士様だったんだな。俺は青木時雨。またの名をシグレ=ステアム。イーストステアーズが継承者にして――――貴様を倒す男だ」




