学園の有名人
すると、未鈴は目を丸くして驚いた様な表情を見せる。
「お兄ちゃんが――あの、鈍感で女っ気の全く無いお兄ちゃんが、女の子に興味を見せるなんて――」
酷い言われようだ。
「そういうんじゃないよ。行方不明だっていうなら、誰かにさらわれた可能性もあるだろ。普段からなんか、そういうさらわれる様なとこあったのかーみたいな?」
実際はさらわれてはいないが、狙われたのは事実だ。
まぁ、怪物達に狙われる理由が普段の様子から分かるとは思えないが、どんな人となりなのか分かっていれば、後々話す時に役に立つかもしれない。
「さらわれそうな特徴って、そりゃあお嬢様だっていうだけで十分じゃないかな」
問いに対してもっともな答え。だが、欲しい答えはやはりそれでは無い。
とは言うものの、何故知りたいのかと詳しく説明する訳にもいかないし……。
と、返答に迷って黙っていると、自然と未鈴は語り出した。
「聖風来夢さんって言うんだけど、学年はお兄ちゃんと一緒で高等部の二年生。そして、高等部の生徒会長さんなのですよ。それだけでも話題になるけど、やっぱり学園の経営者の家族って事で、中等部の私の所まで色んな噂は聞こえてくるよー」
「噂?」
「うん、まぁ学園一の有名人だからね。美人で成績も良くて、正に才色兼備。家柄も良いってなれば、そりゃーもう憧れの的なのですよー」
美人だという事だが、どうだったかな。
昨日は暗い場所で見つけたし、しかも倒れている所を助けた後はずっと背中に居たので、その容姿をよく見ていなかった。
唯一、はっきりと記憶に残っているのはその髪の長さだ。
「何か凄い髪が長いとかどうとか聞いた事があるけど?」
実際は見たのだが、そういう事にしておく。
「そうそう、すっごいの! すっごい長いの! 噂によると、小学校の時から切って無いってのが有力だけど、生まれた時から一度も切って無いとかいう噂も根強く残っているのですよー」
何だかやけに興奮している未鈴。
聖風来夢の語りを始めてから話し方も少し変だが、それには触れないでおこう。
確かに、あれだけ長い髪は他に見た事は無いので気にはなるが、そこまで盛り上がるところなのか…?
案の定、話は止まらない。
「それでねー、いつもその髪を綺麗に編み上げてて、すっごい大きなお団子を頭の後ろに作ってるのですよー! 何回か見かけたことあるけど、あれはやばいよ。他じゃ絶対見られないねー」
ふむ。確かにあの長さの髪だったら、余程しっかりと編み上げないと普段は邪魔になるだろうな。
未鈴の話に対する熱は納まるどころか、ますますヒートアップして行く。
「でも、それ以上にあの髪を解いた所を見てみたいのですよー! ほんと、あの髪どこまでの長さあるんだろねぇ。いつも編み上げてるから、真っ直ぐになってる所は誰も見た事は無いんだよねー」
おっとそうなのか。
という事は、僕が目にしたあの髪を下ろした姿は、自宅のくつろぎ姿――もしくは襲われて髪型が解けてしまった結果か。
見た事があるなどといったら、一体どんな目に会わされるか分からないので、その事は黙っておこう。
「そろそろ、髪型についての話は終わりで良いんじゃないかな? 例えば、えーっと、兄弟が居るとかそういう話はないのか?」
未鈴の盛り上がりようから、このままではらちがあかないと思って、さくっと話題を切り替えようとする。
「兄弟? 来夢さんは一人っ子らしいよ。聖風家に他に子供が居るなんて聞いた事ないしー」
やはりそうなのか。
この町に住んでいる限り自然と流れてくる聖風家についての噂話からも、聖風家には一人娘が居るだけだというような事は僕も聞いた事があった。
だが、青木時雨は彼女の事を「姉さん」と呼んでいた。夢の中でもそうだし、現実にも昨夜耳にしている。
「そんなことより、来夢さんと言えばあの目だよね。糸目って言うのかな? いつも細められてて――」
妹が話し続けているが、僕は思考の世界に埋没する。
青木時雨も聖風来夢も同じ高校二年生。姉弟というからには学年が違う方が自然だが、同じ事が無いとも言い切れない。例えば双子とか…。
「――って事で誰もその瞳をちゃんと見た事が無いから、瞳の色が実は青色だとか赤色だとか金色だとか、もーほんと色んな噂が飛び交ってて――色だけに!」
だが、苗字が違うので別の可能性も有り得る。
良家の話だと考えると、腹違いの姉弟などという考えがまず浮かぶのは、ドラマや漫画に影響され過ぎだろうか。
「――いう噂もあって、来夢さんが目を開けてる所を見れたら、恋愛が成就するとか成績がアップするとか、これまた様々なめーいしんも広まっててさ――目だけに!」
後は単純に、血縁関係は無いけれども幼い頃からの付き合いで、「姉さん」と呼ぶような関係だという事も。ああ、従兄弟などの親戚でも姉さんと呼ぶ事はあるか。
「って、お兄ちゃん! ちゃんと聞いてる!?」
無視し続けていたら、未鈴は怒気のこもった大声を出してきた。




