不安よりも
「くくっ、くははっ、あはははは」
すると、星河は僕が急に笑い出したのを当然、不審に思って、
「何よー急に笑い出して? ちょっとー失礼じゃない? 私に対して…いや、お母さんに対して、かな?」
その様子に、僕はすっかり安心していた。
昨夜の公園での出来事は、その後の出来事で少しうやむやになってしまっていたが、やっぱり心の奥で引っ掛かっていた。
本当に星河は心の整理が出来たのかなとか、不安に泣きだしたい気持ちで居るんじゃないかな、と。
でも、今のやり取りで、確信した。
「いや、ごめんごめん。笑ったのは、馬鹿にするとかそういうんじゃなくてさ。ははっ。すっかり、星河はいつもの調子を取り戻したんだなって思ったら、何か自然とさ」
すると、星河は上機嫌に、
「そりゃあもちろんっ。不安が全く無いって言ったら嘘になるけどさ、それ以上に元気が出る事があったんだもん。むしろ、逆境〇で絶好調って感じかな」
ふむ。また良く分からない例えだけれども、それだけお母さんの形見があった事が嬉しかったんだなぁとしみじみとその言葉を聞いていた僕だったが、続く台詞に、
「何てったって、一輝とは昨日から恋人同士だもんね。ふふーん」
「え?」
硬直。思考停止する事となる。
確かに――確かに、昨日、星河は俺に好きだと言い、俺も星河に好きだと言った。
でもそれは、星河がショックな出来事があって、心の拠り所を求めていて、それで――
そ、そう、あれは――恋人同士のあれなやり取りじゃ無くて、もっとこう、別の――幼馴染同士の純粋なやり取りというか!
て言うか、俺と星河が恋人同士とかそんな有り得ないし! 考えた事も無いし!
いや、確かに星河は大事な存在だし、大切に思っているし、それは間違いないんだけれども、だからと言って恋人!? 恋人ってそんな――
そもそも、恋人同士って何? 何なの? 何するの? 今までと何がどう変わるって言うのか?
あーーーもーーーーー! まっっっっったく、何をどうしたら良いのか分からないよ!
「――って顔に書いてあるけど、どうかな?」
じろりとにらみ付けながらの星河の解説は、「俺」を「僕」に直せば、ほぼそのまま僕の内心を表していた。
「おっしゃる通りでございます」
ただ、そう返すしかない。
しばらくの沈黙の後、
「あーもー! 一輝ってばホント馬鹿。馬鹿みたいに純粋で、馬鹿みたいにお子様で――」
星河はそう言って僕の腕をつかむと、体を引き寄せる。
星河の胸の前に抱き寄せられた腕から、星河の柔らかい身体の感触が――星河の温かい身体の温もりが――
すぐ顔の目の前に、星河の顔が迫ってきて、吐息が届く様な距離で、星河が囁く。
「私の事、もっと…そういう風に見て良いんだよ?」
胸がドクドクと爆音を鳴らし、もう他の周りの音など全く耳に入って来ない。
視界は、目の前にある星河の顔だけがその全てを占めている。
「そ、そ、そういう、ふ、風って?」
何だか喉がからからに乾いた様になって、上手く言葉を発する事が出来ない。
ゴクリと唾を飲み込むが、喉の渇きはさらに増す。
すると、星河は真っ直ぐに僕の瞳を見つめ返しながら、その問いに応える。
「馬鹿。そんなの――言わせないでよ」
そして、星河の顔が徐々にこちらに近付いて来る。
星河の唇が、淡いピンクの、柔らかそうな唇が――僕の口元へと段々と迫って来る。
僕の瞳を真っ直ぐに見つめていた星河の瞳は、まぶたの下へと隠れ、僕もそれにつられるようにして段々と目を細め――
ドオオオオン!!!
「うわぁ!?」
「きゃあ!!」
大地を揺るがす程の大音響に驚嘆し、その目を大きく見開いた。




