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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
五章 三日月
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出欠


 結局、一時間目の授業の内容はほとんど頭には入らなかった。

 青木時雨は毎日遅刻寸前で登校して来ているということなので、昨日と同じで、彼が登校して来ているかどうか分かるのは一時間目が終わってから。

 とは言うものの、同じクラスの星河にはもう既に分かっているんだろうな、う~む…あいつ一人で奴を問い詰めたりして騒ぎになってたりしないだろうなぁ…などと考えていると全く授業に集中できず、時計の針をにらみ付けながら時間が過ぎるのだけをただ待っていた。

 何はともあれ、先生が教室から出て行くとすぐに、僕はA組へと向かうために教室から廊下へと出る。

 すると、ぱらぱらと教室から出てくる生徒達の姿の中に、向かおうとしている先からこちらへと近付いてくる一つの人影があることに気が付く。

「星河?」

 そう声をかけながら、僕の方からも近付いていく。

 どうやらA組の方が少し早く授業が終わったようだ。

 それにしても、星河がこっちにやって来るということは――

「ダメ。彼、休みだわ」

 すぐ傍まで来た星河は、周りに聞こえないように声を潜めて、予想通りの言葉を口にした。

「あぁ、やっぱりそうか」

「やっぱり?」

 僕が思わず漏らした言葉に、星河が顔をしかめる。

「あ、いや、来ないって思ってた訳じゃなくてさ、星河がわざわざこっちに来るのを見て、あいつ来てなかったのかなって思ったからさ」

「あーそっか。まぁでも考えてみれば、あんな事があったんだから来ない方が普通…なのかな。お姉さんの看病とかしないといけないだろうし、ね」

「うん、だろうね。でも、そうなるとこの後どうしようか……」

 もちろん、青木時雨が学校に来なかった場合のことも考えなかった訳じゃない。

 そして、この言葉に対する星河の答えも大体予想は付いていた。

 今朝の予知夢に加え、星河の性格を考えれば自ずと答えは見えてくる。

「私は、もう一度彼の家に行ってみるべきだと思うけど」

「だよなぁ」

 やはり、というか何というか。

 期待を裏切らない星河の言葉に苦笑いを浮かべてしまう。

「何よ? 嫌なの?」

 その表情を星河は見逃さず、責めるようににらみ付けてくる。

「いや、そうじゃなくてさ…」

 告げるべきなのだろうか、今朝の予知夢のことを。

 星河が青木時雨の家に再び行くことになるのは、星河が自発的に行こうと思ったからなのか、それとも、僕がその夢のことを話したからなのか……。

 なんて、こんな不毛な思考をいくら繰り返していても意味はないのかもしれない。予知夢に見たことは、今まで全て現実となってきたのだから。

 そんな、それまでの経験を無視して、都合良く予知夢が外れるなんて思える程、僕は楽観主義ではない。

 心を決めて口を開く。

「今朝、見たんだ。星河が青木時雨の家に行く所を」

「へ? 何言ってるのよ。今朝私は一輝の家に――って、あっそういう意味か!」

 一瞬、言葉の通りに意味を受け取って顔をしかめた星河だったが、すぐに僕の意図した所に気が付いたようだ。

「そう、起きる前だよ」

 今日はこの前と違って多くの生徒が行き交っている廊下で話していることもあり、具体的に名言することは避けるが、それでも星河には十分伝わっている。

「でもそれって、早くない? 見たばっかりじゃない。こんなに続くことって今まで無かったでしょ?」

 昨日のことは話していないのだから、星河にとっては一日空けての事になっているだろうが、それでもこれまでに比べれば遥かに早いのだ。

 一月に一回あれば多い方。時には、半年以上全くないこともあった。それが、ここ数日の内に立て続けに起ったのだ。星河以上に、僕自身が驚いている。

「そう。だけど、間違いないと思う。見た後の感覚は、はっきりとは伝えられないんだけど、俺自身は間違えようが無いんだ」

「ちがっ、別に疑ってるって訳じゃなくてさ。ただ、今まで無かったから、なんか信じられないっていうか……って、これじゃ言ってること矛盾してるね。あはは…」

「うん、分かるよ。俺自身でそう思ってるから。でも、そうなると、今回の件はよっぽど重要なことなのかもしれない。どうしても知っておかなくちゃいけないような…」

 話しつつ、今朝の夢の内容を思い出す。

 星河が昨日助けた女性の寝ている部屋へと入って行き、女性が目を覚ます。そして、星河の胸元が急に輝きだして――

 そこで気が付く。星河の胸元から現れた物の事を。

 後から起きたことのせいでなんとなく頭の片隅に追いやられてしまっていたが、本来なら大事件だったはずの、昨夜の最初の出来事を。

 あの光り輝いていたペンダントは、昨日僕が父さんから預かり、修司さんに渡し、そして修司さんから星河に渡されたのだろうあのペンダント。

 星河のお母さん――月夜さんの形見のペンダントだ。

「どうかした? 一輝?」

 と、急に黙り込んでしまった僕にそう問いかけてくる星河。

 隠すつもりは無い。けれども、今は時間がなさ過ぎる。

「いや、ちょっと気が付いた事が有るんだけど…整理して話すにはちょっと時間がかかりそうなんだ。もう休み時間も終わるし、詳しい話は昼休みで良いかな?」

「りょーかい。んじゃ、また後でね」

 そう言って星河がすんなりと了承するのと、「キーン、コーン、カーン、コーン」と二時間目開始のチャイムが鳴り始めるのは同時だった。



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