二人登校
結局、その後は眠ることは出来ず、ごちゃごちゃと頭の中で考えている内に登校する時間となっていた。
今日も昨日と変わらずに快晴で、また暑くなるだろうな、などと思いながらいつも通りに三十分前の登校――と、家を出るとそこには、思いのよらない訪問者が待っていた。
「星河? どうしたんだよ朝早くから?」
家の前の自販機に寄り掛かって立っていた星河は、その言葉にうつむき加減で答えた。
「んーとさ…たまには一緒に登校でもしないかなーって」
つまり話をしたいって事なんだろう。
僕の方も、星河とは話さなければいけないと思っていたから丁度良いんだけれども、まさか家の前で待っているとは思わなかったので、ちょっと驚いてしまった。
小学校の頃は、ほとんど毎日二人で学校に通っていた。
それが、いつの間にか別々に通うことが多くなってきたのは、やはり、周りの目やら何やらが気になるという思春期特有の現象というか……と、昨夜の公園での出来事が頭に浮かぶ。
だが、僕はすぐに頭をぶんぶんと振ってその考えを頭から追い出す。星河がわざわざ朝から出向いてきたのは、そっちではなくてもう一方の件についてだろうからだ。
「そっか、まぁたまにはそれもいっか。高校入ってからは、全然一緒に行ってないしな」
僕はなるべくいつも通りの振る舞いを心がけ、そう言いながら自然に学校へと向かって歩き出す。
そして、それに星河が並ぶ。
昨日は色々なことがあって、星河もほとんど考えている余裕は無かっただろう。それが、一晩経ったことで、少しは頭の整理が出来ているはず。
とは言うものの、予知夢のお陰でなんとなく状況が分かっていた僕でも、何が起っているのか良く分かっていないのだ。全く情報の無かった星河では、どれだけ状況が理解出来ているのだろうか……。
しかし、星河の口から発せられた予想外の言葉に、僕は思わず立ち止まってしまった。
「あのさ、昨日のことなんだけど、一輝…予知夢のことでまだ話してないことあるでしょ?」
「え、ええ? な、何だよ急に?」
声が上擦ってしまう。これではイエスと言ってるようなものだ。
「だってさ、おかしいじゃない?」
「おかしいって何が? 確かに昨日は普通じゃないことがあったけど――」
「そう、だからおかしいのよ!」
星河は僕の言葉を遮り、睨み付けてくる。これは、明らかに怒っている。
僕はその視線から逃れるようにして、止まっていた足を再び動かし出す。
「昨日は突然あんなことがあってさ、気が動転しててさ、私もそんなに冷静な判断とか出来てなかったと思う訳よ。でもね、家に帰ってから冷静になって考えてみると、そんな私に比べて、一輝はやけに落ち着いてた。竹やぶの中からすぐに倒れてる人を見つけ出したし、そこからすぐに青木君の家に向かって歩き出したし、その後も……」
そこで星河は一度、言い淀んで言葉を詰まらせるが、続く言葉は、意を決したように力の込められた物だった。
「つまり、何が言いたいのかっていうと、一輝はあの時、何をするべきか分かってたんじゃないの? 予知夢で昨晩の出来事が先に分かってたんじゃないの?」
歩きながらも星河はじっと僕の目を見つめてくる。
僕の反応から、星河はもう今の考えが正しいって確信しているだろう。大体、昔から僕が星河に隠し事が出来たためしがない。
僕は自然と手で頭の後ろをボリボリとかいていた。
どうしたものか……迷う。昨日のあの化け物達の夢を星河に話して良いのか、と。
いや、僕自身が信じたくないのかもしれない。
あれだけのことが昨日起こったにも関わらず、あの夢の内容が現実に起こっていたとは思いたくないのだ。それだけ、現実離れした内容なのだから。
考えて込んでいると、星河の言葉で現実に引き戻される。
「そういえばさ、ニュース見た?」
「ニュースって、昨日の事だよね」
もちろん見たさ。
聖風家の屋敷が燃えた――というよりも爆発したのだ。何かの事件として取り上げられていてもおかしくない。
そして、あの竹やぶで息を引き取った人のように、他にも犠牲になった人がいるのかどうか……。
「資産家の屋敷、謎の出火。放火強盗か!? だってさ。消防が駆けつけた時にはもう屋敷は原形が分からない位に燃え広がってて、それなのに建物以外には全く火が燃え移ってなかったんだってさ」
竹林に囲まれているという地形上、周りの竹に燃え移らなかったというのは奇跡としか言いようが無い。まぁ、予知夢の内容に比べればたいしたことは無い現実に感じられるのだけれども。
「そうそれ。事件の内容はさ、聖風家のお屋敷が全焼して、使用人の女性一人が鋭い刃物による刺傷によって死亡しているのが近くの竹林の中で見つかったって……。あの女の人、だよね」
星河は悲痛な面持ちで、今にも涙がこぼれそうになっていた。
「あ…うん。そう、だろうね……」
僕も昨夜の竹林での出来事を思い出す。
すぐ目の前で息を引き取った女性。何も出来ずに置き去りにしてきたあの姿が、今でもはっきりと思い出せる。
「でも、それ以外の犠牲者はいなかったみたいだから、それは良かったというか」
暗い気分を振り払うように、無理やり明るくそう付け加える。
けれども星河からの返事は無く、僕等はそのままなんとも言えない重苦しい雰囲気のまま、ただ学校へと歩を進めていく。




