続く夢
五章 三日月
部屋の中はうっすらとオレンジ色に染まっている。
それは、窓からの太陽の光が、古くて赤茶けた障子戸を通してこの部屋を照らしているからだろう。そのせいか、部屋全体から淡く薄れている印象を受ける。
部屋は畳張りに襖といった純和風の作りなのに対して、そこには不釣合いなベッドがただ一つ置かれていた。木製のそれ程高くはないベッド。
その上には、一人の女性が横になっていた。
襖がゆっくりと開かれる。そして、部屋の中へともう一人、別の女性が入ってきた。
「こんにちは…」
発せられた声は小さく抑えられており、ベッドの上の女性を起こさないようにと気を使っているのが分かった。
入ってきたのは僕の良く知っている人物。近明高校の女子の制服を身に着け、長い髪を後ろで一つに束ねている少女だった。
少女はゆっくりと部屋の中を見回した後、ベッドへと近づいて行く。そして、ベッドに横になっている女性の顔をのぞき込む。
「まだ、目を覚ましていないのかな…」
少女はそう呟くと、ベッドを背にするような形で、そのすぐ傍らに腰を下ろす。すると、
「あなたは誰?」
少女のものとは違う、女の声が発せられる。
少女はびっくりし、すぐさま振り返る。
この状況で別の声が発せられるとしたら、それは一人しかない。
少女が振り返ると、ベッドの上の女性が上半身を起こしている最中だった。そして、女性は半身を少女へと向ける。
視界がぼやけているせいで、その表情ははっきりと見ることはできないが、その女性の、起き上がっても布団に届く程の長い髪は見て取れた。
「す、すみません、勝手に入ってきてしまって!」
少女は慌てて立ち上がると、勢い良く頭を下げる。とその拍子に、少女の首に掛かっていたのであろうペンダントの三日月形の石が胸元から姿を現す。
その瞬間、目も眩まんばかりの光がペンダントから発せられる。
「きゃっ!」
少女はとっさに光を遮ろうと右手を眼前に掲げる。
一方、ベッドの上の女性はその光にびくともせずに、その光の発生源へと手を伸ばしていた。そして、その手が三日月の石をつかむ。
「あなたは…誰?」
再び女性から発せられた同じ言葉。
だがしかし、その言葉は先程とは違う響きを持っていた。
まるで、何年も待ち望んでいた待ち人が、目の前の人であるのかを確認するような――
「あれは…星河…」
ベッドの上で、自室の天井を見上げながら僕は呟く。
まさかの、三日連続。しかも、登場したのは星河と、そして……昨晩竹林で助けた青木時雨の姉、らしい人物だった。
「ここまで続くと、流石にこの目覚めも慣れてくるな」
内容的にも驚くような予知夢だったのだけれども、僕はやけに落ち着いていた。
ベッドから起き上がると、閉められていたカーテンへと手を伸ばし、外の様子を確かめる。辺りは日が出たてきたばかりといった感じで、うっすらと明るくなってきている。
普段よりずっと短い睡眠時間しかとっていないはずが、やけに思考がはっきりとしていて、眠気が無い。そして、夢の内容から昨日のことを思い出す。
昨晩、青木時雨には、とりあえずは信用してもらうことは出来た。だが、結局ほとんど何も話してもらえずに、僕達は半ば追い出されるような形で青木時雨宅から帰ってきていた。
部屋の中へと入り、ベッドの上で横になっている女性の姿を見た青木時雨は心底安心したような表情をしていたが、すぐに厳しい表情になって僕と星河に一応の礼を言うと、もう夜も遅いからなどと言って何の説明もなしに家から帰されてしまった。
実際、いなくなった星河を探すために家を出たのだから、星河を心配しているおじさん達のことを考えたら早く帰らなくてはいけないはずだった。
なので、青木時雨の事は気にはなったが、その場は大人しく星河の家へと帰る事にした。
そこで待っていた母親に、「連絡もせずに遅くまで何やっていたの!」とこってりと叱られたのだけれども、それはそれとして。
あの時の青木時雨は、時間がどうとかじゃなくて、明らかに、自分達にこれ以上関わるなという意味で家から追い出したのだろう。
「けれども、これで終わりって訳にはいかない…よな」
今見た予知夢は、どう考えても今までの予知夢の続きだ。
僕の未来に関わる出来事。いや、それよりも星河が関わっているのだ。放って置く訳にはいかない。
とにかく、青木時雨の周りでは何か異常なことが起っていて、そのことに僕と星河は関わってしまっている。そして、この先も関わることが確定している。
それなのに、何が起っているのかほとんど何も分かっていない……。
だから、まずは青木時雨――彼から今何が起こっているのか情報を聞き出す。
昨日は全く取り付く島無しだったけれども、僕があの黒い化け物達のことや、青木時雨が何か魔法のようなものが使えるということを知っていると話したら……何か話してくれるかもしれない。
問題があるとしたら、聖風家が襲われた昨日の今日で、いつも通りにアイツが学校に来るかどうかってことだ。




