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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
四章 邂逅
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待ち人来たりて


「やっぱり最優先は青木時雨とコンタクトを取ることよね。となると…携帯電話、彼持ってないかしら?」

 一瞬、良い案かとも思ったが、すぐに否定する。

「持っていたとして、番号が分からないじゃないか」

「ううん、分かるかもしれないわ」

 と、予想外の答えが返ってくる。

「え? 分かるかも?」

「そ。ここって彼の自宅じゃない。それなら、もしかしたら自分の番号がメモしてあるとか……なかったとしても明細書とかあるかも」

 言われてみればその通りだ。

 それならば――

「そうと決まれば善は急げよね。人の留守に家探しするみたいでちょっと気が引けるけど、そんなこと言ってる場合じゃないし」

 言い終わるが早いか、星河はすぐさま身を翻すと部屋の中へと戻っていく。

 昔からこうと決めてからの行動は早いよなぁ、などと暫く呆気に取られてしまっていたが、僕もただ待ってる訳にはいかない。

 ふぅーっと大きく息を吐いた後、続いて部屋の中へと入ろうと一歩足を動かした瞬間、

「動くな」

 後ろから首に腕を回され、両腕を後ろにつかまれて締め上げられる。聞こえてきた声はすぐ耳元から。

 背後から伝わってくるのは、冷たく重い感覚。これが所謂殺気というやつなのだろうか。

 だが、その声には聞き覚えがあったという点で、僕はまだ冷静さを保てていた。

「青木時雨、か?」

 首を絞められながらも、何とかそう声を捻り出した。

 しかし、その質問に対しての答えは返ってこない。

「俺の質問にだけ答えろ」

 そう前置きして、感情の抑えられた抑揚のない声が続けられる。

「まず、お前は誰だ」

 首に回されていた腕の力が少し緩んだため、僕は大きく息を吸い込んで深呼吸し、気持ちを落ち着かせると口を開いた。

「二年C組の如月一輝。君とは昨日の朝、玄関で少し話したよね」

 背後の人物からは特にこれといった反応は伝わってこない。だが、一拍空いた後の言葉には、どこかいぶかしんでいる様な気配があった。

「それで、そのほぼ初対面のお前がここで何をしている?」

 この質問に対してどう答えるべきか…。

 正しく答えるのなら「君のお姉さんを運んできた」ということだが、それでは余計な警戒心を与えてしまわないだろうか? 僕が二人の姉弟関係を知っていることはどう説明すれば良いのか…。

「竹林で、倒れている人を見つけた」

 取り敢えず、事実だけを口にする。

「一人はすぐに息を引き取ったが、彼女が残した言葉に従って、もう一人の女性をここまで運んで来た」

 嘘はない。ただ、「彼女が残した言葉」というのを彼はどう理解するのか。

 実際の所は、「お嬢様を」としか聞いていないのだけれども、「この場所に運ぶように」とか「青木時雨の所まで連れて行くように」とかいうようなことを言ったという風にも考えられる。

 だが、あの女性がこの場所や青木時雨のことを知るはずがなく、それを彼が知っているとしたら、僕がここに来ているというのはおかしいことになるのだが。

 向こうも同じように考えているのか、先程よりも長い間が空いた後、青木時雨は口を開いた。

「俺の事を聞いたとして、何故この場所が分かった?」

 どうやら、青木時雨の存在自体は知っていてもおかしくはなかったらしい。だが、この場所は知っているはずはない――そういうことだろう。

 でも、その答えは簡単だ。

「ここの一階に小沢雅人ってのが住んでいる。彼は俺の友人で、彼から転校生の話を聞いた」

 しばらくの間。

 青木時雨は小沢家のことを知らないのか? 取り敢えず挨拶周りはしたものの、名前は覚えてなかったとか……何だか有りそうで困るな。

 などと考えていると、目の前にある扉が勢いよく開かれる。

「一輝、やっぱり何も見つからな――って、青木君!?」

 開くと同時に発せられた言葉は、すぐ傍の光景を目の当たりにすることで中断される。

「お前は…!」

 後ろから、今度ははっきりと驚く気配が伝わってくる。

 僕のことは誰か分からなかったが、聖河のことは、同じクラスということですぐ分かったのだろう。

 すると、僕の体を押さえていた腕の力が弱められる。

「お前らが、姉さんを…?」

 その声には、さっきまでとは違って、力の抜けたような安心したような、そんな響きが感じられた。



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