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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
四章 邂逅
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異常事態宣言


 どうして気が付かなかったのか。いや、それは彼女を青木時雨に届けることばかりを考えていたからで、だからと言って――

「今更そんなことを言っても仕方がない。今は一刻も早くここから離れるしか…」

 でも、衰弱しているあの人をまた連れて移動するのは逆に危険…ここがばれていないって事だって…。

 いやまて。僕と星河は関係ないんだから、このまま彼女を置いて逃げれば…って何を考えてるんだ。それじゃあ何のためにここまで連れてきたのか。

 せめて、青木時雨に後を任せるまでは……あーもうどうすれば!

 と、その時。


バタンッ!


「うわわぁ!?」

 背後からの突然の大きな音に、僕は間抜けな叫びを上げてしまった。

「ちょ、ちょっといきなり何? びっくりするじゃない」

 振り返ると、そこには大きく目を見開いた星河の姿が。

「な、何だ星河か。ごめん、ちょっと考え事していて」

「んもー。って、そんなことより、さっき何か大きな音がしなかった?」

 やはり家の中に居た星河にもあの大音響は聞こえていたようで、それで慌てて出てきたのか。

「あれ」

 じっくりと説明する気にはなれず、僕はそれだけ言って先程まで見ていた方角を指差す。

 そちらへと目を向けた星河は、驚きに言葉を失くす。

 そのまま数秒間、真っ赤な風景を見つめた後、

「聖風家、だよね」

 ポツリと呟いた。

「うん、そうだろうね」

 なるべく感情を込めないようにそう答えるのとほぼ同時に、誰かが通報したのか、遠くから消防車のサイレンの音が聞こえ始める。

「ひどい……殺人に、放火まで…」

 あの爆発で放火と言えるのかどうかは疑問だけれども、屋敷が燃えているのは確かだろう。

 星河の登場で考えがそれてしまったが、これからどうするのか…。

 とにかく、青木時雨と連絡を取るのが第一だろう。

 僕には状況が分かっているようで、実際の所は全然分かっていない。何故あんな黒い化け物達がいて、それがどうして聖風家を狙っているのか。

 彼ならその答えを知っているはずだ。

 けれども――

「あ、そうそう。とりあえずあの人は楽な格好にして、寝かせてあるんだけど…」

「あの人?」

 と、思考の渦に沈んでいた僕は、間抜けな質問をしてしまった。

「竹林から連れてきた人に決まってるでしょ! 何ボケッとしてるのよ!」

 返ってきたのは当然、きついお叱りの言葉。

「あ、ああ。ごめん、そうだよね。彼女、どうしようか」

「このままにしておく訳にはいかないし、お医者さんに見せるのが一番だと思うんだけど」

 星河の意見に僕は頭を抱える。

 確かに弱りきっている彼女を医者に見せるのは道理かもしれないが、かといってこのような状況ではそれが妥当なのかどうか。

 ここが安全だという保障はないが、彼女が弱っているのが化け物達のせいだとしたら、最悪、あの怪物達が病院などを見張っている事だって在り得る。

 彼女のことも青木時雨に聞くのが一番だとは思うのだけれども、やっぱり問題は、彼がここに戻ってくるのかということと、怪物共がここには来ないのかということ。

「おーい、一輝! 黙り込んじゃってどうしたのよ?」

 しかめ面の星河の顔が目の前に迫ってきて、またもや思考の渦から引き戻される。

「うわわっ、ちょ、近いって!」

 慌てて星河から顔を引き離す。

「もう。一人で考えてないで少しは相談しなさいよ。少なくとも、一人で考えているよりは良い考えが浮かぶと思うけど?」

 確かにその通りだと思うし、そう言われては黙っておく訳にもいかない。

「いや、あのさ…この状況はまぁどう見ても普通じゃない訳で、それを病院とかに連れて行っても良いものなのかと思ってさ…」

 流石に、化け物が絡んでいるとは言えないが、殺人に放火…異常な事態だというのにそれで十分だ。

「うーん、異常な事態だってのには同意するけど、彼女を病院に連れて行くべきではないってのは分からないなぁ」

 どうやら星河には、僕の言いたいことが分かってないらしい。

 確かに僕は星河以上の情報を持ってはいるが、状況からだけでも予測は出来るはず。

「いや、良く考えてみて。彼女は、別の女性が自身の命を賭けてあの屋敷から連れ出してきたんだよ。つまり、聖風家の屋敷の襲撃犯の目的が、彼女だって事も考えられる。そうなると、その犯人は彼女を探し回っているかもしれない。そして、彼女が弱っていることを知っているのなら、当然病院を見張ることになる」

 そこまで説明すると、やっと納得したように星河は頷く。

「んーなんか色々考えてるんだね。ちょっと関心しちゃった。でも……そう考えるなら、ここだって危ないんじゃ? 犯人は彼女と青木時雨が姉弟だって知っているかもしれないじゃない」

 そう、正にそれを悩んでいるのだ。

「だから、それを考えてる。ここから動くべきか、動かないべきか」



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