留守宅訪問
「じゃ、勝手に上がらせてもらおうか。とにかく、この人は早く横にして休ませてあげた方が良いから」
「えぇ!? ちょっと、一輝!」
星河は止めようとするが、僕は構わず靴を脱いで奥へと入って行く。
どうやらここも雅人の所と同じ様に三部屋あるようで、間取りは左右反対にしただけ。電気の位置はすぐ分かった。
入ってすぐの部屋を抜け、一つ目の部屋の襖を開ける。と、そこが丁度寝室だったようで、ベッドが置かれているのが目に入る。
このアパートは全部屋畳敷きなので、ベッドが有るとは予想外だったのだが、布団を敷く手間が省けたな、などと思いながら背中の女性をそこに寝かせる。
「まったく、一輝って変なところで強引だよねぇ」
と、星河も観念したのか部屋に入ってくる。
「う~ん。そうかな」
言いながら、僕は大きく伸びをする。
こんなことを言うのは女の人には失礼かも知れないが、竹林からここまで人一人をずっと背負って来るのは結構重くて大変だったのだ。
そうして、目の前の女性へと視線を落としたところで、初めてその女性をしっかりと見ていることに気が付いた。
最初に彼女を見つけたのは真っ暗な竹林の中。それからずっと背負っていたため、僕自身はその姿を見ることが出来なかった。だから、明るい場所で彼女の姿を見るのは今が初めてだ。
一目で彼女が夢の女性だと気が付いたのは、その服装もさる事ながら髪型である。
漆黒のつややかな髪は、前髪は短く切り揃えられているが、後ろ髪は腰よりも遥か下、ほとんど身長と同じ位まで伸びている。
これ程長く髪を伸ばしている人を見たのはもちろん初めてだ。なんだか時代劇に出くる貴族のお嬢様といった雰囲気である。
見つけた時から変わらずにぐったりしたままで、苦しそうな表情。そして、血の気のまったく感じられない蒼白の顔色だが、一体どうするべきか……。
そんなことを考えながら彼女を見つめていると、
「一輝、ちょっと良いかな? 部屋から出ていてもらって」
「へ?」
突然の星河の言葉にその意図を全く理解できず、間抜けな声を出してしまう。
「だから、彼女を楽な格好にしてあげたいから……分かるでしょ?」
と、にらみつけられたところで理解する。
「あーそっか。そうだね。うん、出ているよ」
慌てて部屋を出て、後ろ手に部屋の襖を閉める。
それにしても、
「星河が一緒で良かったな」
自然と口に出てしまっていた。
僕一人だったとしたら、女性相手にどうしたら良いか……いや、考えるのはよそう。
取り敢えず、今は熱くなった顔を冷まさなくては。
部屋は出たものの、襖一枚隔てただけなので、中から衣擦れの音が聞こえてくる。このままでは想像力がかき立てられて、尚更顔が熱くなる。
一先ず落ち着くために、青木時雨の家自体から出ることにする。
「バタンッ」
後ろで金属製の扉が大きな音を立てて閉まるのを聞き流し、目の前にある手すりに肘を付いて寄りかかる。
そして、変な方向に行きかけていた思考を元の進路へと呼び戻す。今は何をするべきなのか、と。
星河にはああ言ったが、これでもう終りのはずがない。二日も続けて見た予知夢…それだけ、僕にとって重要な意味があるに違いないのだ。
僕の予想が正しければ、今日見た夢は、今夜の出来事のはず。青木時雨は善恩寺で黒い怪物たちと戦い、そして、赤く染まる聖風家に向かう……だとしたら、そろそろ――
どーーーーーーん
遠くで花火でも打ち上げたような爆発音が聞こえてくる。
その音が聞こえてきた方向は――
「やっぱりそうか」
東へと視線を向けると、街灯や家々から漏れる小さな灯りとは比べ物にならない真っ赤な光が。
直線距離にして一キロ程先であろうその場所は、間違いなく竹林の中だ。
これで、夢の中の出来事が今起こっているということが確実になった。
青木時雨は今、あの燃え盛る聖風家の屋敷に向かっている最中だろう。そして、それを追って黒い怪物達も。
ん? 待てよ……当面の危機を避けるためにここにやっては来たが、あの怪物たちは青木時雨のことを追っている。ということは、もしかしたら此処にも…!




