ボロアパート
竹林からおよそ十分。
それまで僕達は黙々と歩いて来た。
星河がそろそろ冷静さを取り戻してきたのか、
「あのさ、彼女を青木時雨に届けるのは良いとして、私達は何処に向かっているの? 彼が何処に居るか分かるの?」
と、当然の疑問がやっと発せられる。
「ふふ。何時になったら聞かれるのかと待ってたよ。もちろん彼の自宅だよ」
「へ? 自宅ってそんなの知ってるの?」
「もちろん。偶然聞いたんだけど、彼の家が雅人と同じアパートだってね」
「小沢君と同じ所、か。なるほど」
星河はうんうんと頷いている。
「それが、あの公園のすぐ近くだからもうすぐ着くよ」
「そっか。でも……殺人事件、なんだよね」
そんな単純なものではないんだろうけど、それをここで口にする必要はない。
「そうだね…」
取り敢えず、相槌を打っておく。
「一体、聖風家で何が……」
「深く考えない方が良いよ。僕達には関係ないこと…関わる必要はないよ」
「でも、実際にもう関わっているじゃない」
「それはそうだけど、この人を届けたらそれで終わりだよ。…と、もう着いた」
話している内に、目的のアパートの前へと着いていた。
築二十年は越えているであろう、時代を感じさせる二階建てのそれほど大きくない建物。
道路に面するように入り口の扉が並んでいて、それぞれの階に三部屋ずつの合計六部屋。右端の方に金属製の二階への階段があるが、雨風に曝され、錆で赤茶けた色になっており、ぱっと見で、本当に上っても大丈夫なのかと心配になる。
「うわ、ここ?」
星河が驚きの声を上げる。
僕は見慣れているけれども、やっぱり初見ではそういう反応になっても不思議ではない。
「そ。雅人の家は一階の右の部屋だけど、えーっと、あいつの部屋は……一階じゃないみたいだな」
他の二部屋の表札を確認するが、両方とも青木以外の名前が書かれている。
そんな訳で、例の階段へと足を掛ける。
「ちょっと、この階段って使ってるものなの? 実は別のがあったりしない?」
星河が呼び止めてくる。
「見て他にあるように見える? ま、自分で上がるのは初めてだけど、誰かが上り下りしてるのは今まで見たことあるし大丈夫だよ。……たぶん」
答えながら一歩、足を踏み出す。
ぎしり、と金属の軋む音がするが、問題なく体重を受け止めている。そして、一歩、一歩と足を進めていく。
「あーもう! 待ってよ!」
しばらく階段の下で躊躇していた星河であったが、僕が半分程まで上った辺りで、腹をくくったのか恐る恐る階段を上り始める。
そのまま何事もなく二階に到着し、再び各部屋の表札を確認する。
階段近くから一部屋目、二部屋目と別の表札が並んでいて、三部屋目。雅人の家から一番遠い位置の部屋が、どうやら目的の場所のようだった
「ここ、かな」
扉の前に立ち、「青木」という表札を見ながら呟く。
表札と言ってもちゃんとした物ではなく、扉の脇に据え付けられている、これまた錆びて赤茶けた色になっている郵便受けに、走り書きの様な文字で書かれているだけである。
取り敢えず大きく一呼吸し、インターホンへと指を伸ばす。
ボタンが押される感触は確かにあったが、音が鳴ったのかどうか外には聞こえないので確かめることは出来ない。
数秒待つが、全く反応がないので再び押す。
それでも何の反応もないので、今度は手でトントントンっと扉を叩く。だが、相変わらず中で何か動くような気配はない。
「留守みたいね」
「まぁ、出掛けて行くのを付けていた訳だから、いないのが当然といえばそうだけど」
そう言いながらも、僕はドアノブへと手を掛け、回してみる。
すると、「ガチャ」という音と共に、扉が開く。
「あれ、開いているみたいだ」
そのまま扉を手前へと引いていく。
「誰か居ませんか~?」
玄関の中へと入り、奥に向かって呼びかける。が、相変らず静かなまま。
「やっぱり誰も居ないみたいね。鍵も掛けてないなんて無用心ね」
星河も同じ様に部屋の中をのぞき込み、そう口にする。




