予知の意味
僕は咄嗟に振り返り、それよりも星河は少し遅れて振り返った。
そこには、
「ひ、人よ! 誰か倒れてる!」
舗装された道路から砂利道に入って五メートル程の地面。暗くてはっきりとは分からないが、確かに誰かが倒れていた。
僕は一瞬躊躇してしまったが、星河はすぐさま駆け寄る。
そして、嫌な予想が当たってしまったのか、と歯噛みをしながら星河の後に続く。
「大丈夫ですか!?」
しゃがみ込んだ星河が倒れていた人を抱き起こす。
うつ伏せに倒れていたその人物は、おそらく二十代であろう若い女性で、今時珍しく和装であった。そして、その着物は腹の周りが広く赤黒く染まっていた。
「これは…」
言葉を失くす。
良く見ると、彼女が歩いて来たであろう砂利道の先にも点々と同じ色の跡が残っている。
彼女の肌は血の気が失せていて、ほとんど真っ白。尋常じゃない出血量だ。
「か、か、か、一輝! どうしよう!?」
流石に星河も気が動転してしまったようだ。
僕もあんな夢を見てなかったら、こんな状況では慌てふためいていたに違いない。
「星河、落ち着いて。まずは傷を塞がないと」
僕はそう言って、腹部にあるだろう傷を探そうと手を差し出す。
すると、その手が予想外の力によってつかまれる。それは、瀕死の重傷を負っている女性の物とは到底思えない強さ。
僕は驚き、その女性の顔へと視線を向ける。
すると、意識がないかと思われたその女性は、うっすらと目を開けていた。
そして、その口が僅かに動く。
「何ですか?」
小さな声を聞き逃さないために、彼女のすぐ傍に耳を近づける。
「お…おじょ……さ…ま…を……」
僅かに聞こえたのはただそれだけ。
そして、僕の手をつかんでいた手を離し、震える指先である方向を指差す。その先には、点々と残る血の跡。
だがしかし、その指はすぐに力を失い、地面へとパタリと落ちる。
「お、おい!」
慌てて視線を戻すと、静かに瞳を閉じた彼女の顔が目に入る。
口元に耳を近づけるが、呼吸をしている音が聴こえない。
「そ、そんな……」
黙って様子を見ていた星河だったが、僕の様子から悟ったのか、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
「ど、どうして…こんな…」
だが、僕には悲しんでいる暇などない。
今は一刻も早くここから離れなければ。そうしなければ、星河が彼女と同じ様な目に会うかもしれないのだ。
しかし、ここを去る前に、どうしても彼女が最後に残した言葉が気になる。
おそらく、『お嬢様を』と言ったのだろう。そして、僕が昨日見た予知夢…。
僕は立ち上がると、彼女が指を差した先、砂利道の先へと歩いて行く。
注意深く地面に残る跡を追って行くと、血痕は十メートル程先で、竹林の中へと消えていた。
そのまま竹林の中にまで入ると、すぐ傍に、先程の女性と同じ様な和装の女性がうつ伏せに倒れていた。
「やっぱり…」
すぐにその女性を抱き起こす。
予想通り、その女性の姿には見覚えがあった。
着物姿に、その足元まで届く程の長い黒髪。夢の中に出てきた、青木時雨に『姉さん』と呼ばれていた女性だ。
彼女の方には目立った外傷はなく、出血はしていない様子。取り敢えず息はしているようだが、何故かひどく衰弱していて、このままにしていたら命が危ないだろう。
「一輝、その人は…?」
と、いつの間にか星河がすぐ後ろまで来ていた。
「大丈夫、息はしている。たぶん、さっきの人が連れて来たんだと思う。そして、この人は青木時雨の姉…」
「え? ど、どういう――」
「彼女達は、おそらく何かの事件に巻き込まれたんだと思う。それで、逃げて来たんだけれども力尽きて……。そして、僕の見た夢はこの人を助けて…青木時雨に届けるために見たんじゃないかな。だから――」
僕は気を失っている女性を背中に背負い立ち上がる。
「僕達は早くここを離れた方が良い。そうしないと、僕達もあの人のように…」
状況がつかめずに固まってしまっている星河の手を、強引に引っ張って竹林から道へと出る。
流石に片手で背中の人を支えるのは辛いのですぐに星河の手を離すが、星河はそのまま僕の後に付いて来ている。
「ねぇ、一輝。この人は……」
最初の女性の元まで戻ってきた所で一度足を止める。
「残念だけど、このままにして行くしか…。今の僕たちにはそんな余裕ないから」
そう言って、僕は女性の亡骸へと頭を下げる。
そして心の中で、この人は必ず青木時雨に届けます、と誓った。