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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
四章 邂逅
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竹林


 走ったのは二、三分だっただろうか。

 目の前で、アスファルトで舗装された道路は細かな石が敷き詰められた砂利道へと変わり、その周囲は家々を囲む灰色のブロック塀から、真っ直ぐに空へと伸びる深緑の壁へと変わっている。

 だがその先には街灯一つないため、数メートル前方はもう暗闇に包まれていて何も見えない。そして、もちろん辺りには人影一つ見当たらない。

 夜風に揺れる竹の葉の擦れ合うザワザワという音が絶え間なく続いていて、昼間はともかく、こんな夜中の竹林、はっきり言って不気味だ。とてもじゃないが、明かりもなしに先に進む気にはなれない。

 けれども、

「さってと、彼が来るまで隠れてなくちゃね」

 そう言って星河は、物怖じせずに僕を引っ張って竹林の中へと入って行く。

 砂利道からは少し離れた位置。けれども、誰かが道を通ればすぐ分かるであろう場所に陣取り、じっと身を潜める。

 隣で地面に座っている星河を見ると、真剣な眼差しで砂利道を見つめている。話しかけようかと思ったが、そんな雰囲気ではないので黙ってそのまま待ち続ける。


 五分……十分……だが、いくら待とうが誰一人としてこの場所に近付いてくる者は居なかった。

「おーい、星河。本当にあいつの先回りできたのか? 別の所に向かってたんだったり、実はもう先に行ってるんだったりしたら…これ無意味じゃないか?」

 流石に耐え切れなくなり、話しかけると、

「そんなはずないわ。方向から考えて、聖風家に向かってたはずよ。そして、聖風家に向かう道はこの竹林の中に唯一あるこの砂利道しか……。時間だって、あれだけ急いで来たんだから、私たちより先に着いてるなんて在り得ないわ…たぶん」

 流石に星河も少し自信がなくなってきたのか、最後の方は語気が弱くなっている。

 と、そこでふとある事を思い出す。

「そういえばさ、子供会か何かで、昔この竹林で肝試ししたよね。二人で一緒にお寺まで歩いて行ってさ。うーん、何時だったかなぁ。結構小さい時だったような気がするんだけど」

 すると、星河は、

「そんなこともあったわねぇ。小学校の低学年の頃かな? でもさ、私ってば怖くなって途中で引き返したんだっけ」

 あはは、と星河は恥ずかしそうに笑う。

 だが、僕の記憶は少し違っていた。

「え…そうだっけ? 一緒にその先の善恩寺まで歩いて行ってそこで……そう、樹齢七百年以上の大きな杉の木があって、その前に置いてある目印の石を持って帰って――」

 そこまで自分で言って、思わず立ち上がってしまった。そして、叫んでしまう。

「そうだよ、あの杉の木! どこかで見たことがあると思ったけど、やっぱり――」

 今日見た夢に出てきた巨大な杉の木。あれは、この先の善恩寺の境内にある杉の木だったんだ。

 ということは、もしかして――

「ちょっと、いきなりどうしたのよ。突然立ち上がったと思ったら大声出して!」

 その言葉で我に返る。

 振り返ると、星河がいぶかしげに僕を見上げている。

「あ、いやその…」

 星河には昨日の予知夢のことは話してあるが、今日の夢のことは話していない。だから、どうするべきか…迷ってしまう。

 おそらく、あの夢の場面は善恩寺に違いないだろう。そして、それから新しい事実が分かってくる。

 夢の最後で真っ赤に燃える建物が見えたが、それが聖風家だろうということだ。

 善恩寺は高台の上にあり、そこから見下ろすような形で聖風家の屋敷を見ることが出来るので、位置関係的にそう予想できる。

 また、あれは確実に夜だった。そのことから、あの異形の怪物達と青木時雨の戦いが、今まさに、僕らのすぐ近くで起こっているということも在り得るのだ。

 こんなことを星河に話してしまって良いのだろうか。

 星河は僕の話を信じてくれるだろう。でも、だからこそ、そのことによって星河もこの異様な出来事に巻き込んでしまうのではないだろうか。

 予知夢を見たということは、僕がそれに関わるということは確定している。でも星河は、夢の中に出てきていない星河は、僕の立ち回り方によって、このことに関わるか関わらないかが決まるのではないだろうか。

 だったら…どうするかなんて分かりきっている。この場から、一刻も早く星河を引き離す。

「いや、そのさー、このままこうしてたって青木時雨は来なさそうだし、今日はもう帰った方が良いんじゃないかなーと。ほら、早く帰っておじさん達も安心させないといけないしさ」

 口にしてから、意外と良い言い訳だな、などと思ったが、

「ん~? さっき杉の木がどうとか言わなかったっけ~?」

 穴だらけの言い訳だったらしい。星河が鋭く突っ込んでくる。

「へ、あ、いやそれは…ここに来た時から、何か杉の木のイメージが湧いてたから何でかなーっと不思議に思っててさぁ」

「何か動揺してるなぁ。怪しい…」

 じとーっと見つめてくる星河。

 けれども、ここでごたごた揉めている場合ではない。

「いいから、早く帰ろうよ。おじさん達が心配してるのは本当だよ」

 僕は無理やり星河の腕を引っ張って立たせる。

「ちょっと! いきなりどうしたのよ? 確かに言う通りだけど、何か焦ってない?」

 立ちはしたものの、星河はその場に踏ん張っていて、道へと引っ張って行くことが出来ない。

「それは…その…実は、今日見たいテレビがあったのを思い出してね」

 これなら、僕が焦っている理由になるだろう。そして、言い難そうにしていた理由にも。

「はーん、なるほどね。テレビ位でって言いたいところだけど…分かったわ。お父さんやお母さんにこれ以上心配かける訳にはいかないしね。今日のところは諦めて帰りましょう」

 僕の期待通りに星河は誤解し、何とか納得してくれたようで、竹林から道路へと並んで出る。

 だが、その時、

「ドサッ」

 背後から、何か重いものが地面に落ちるような音が聞こえてきた。



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