電話にて
四章 邂逅
午後九時。
昨日よりも一段と遅い父さんの帰りを待たずに夕食を終え、僕は自室で一人ベッドに横になっていた。
一度、夕食前に父さんからは電話があったのだが、それに出た母さんは、
「今日は帰りが遅くなるから夕食先に食べててって」
と全く気にしていない様子であった。
何をしているのか聞いても、「さあねぇ」と答えるだけの母は、実は父さんが何をしているのか知っているかのように思えてくる。
だってそうだろう? 理由も告げずに毎日遅く帰ってくる父に、怒る様子も心配する様子も見せないなんておかしいではないか。
「いつになったら帰って来るんだよ」
天井に向かって、思わずそう漏らしていた。
父さんには聞きたいことが沢山ある。
ここ数日何をしているのかということも気になるが、今は何よりも星河のことだ。あんな話を聞かせておいて、それを仕組んだ本人はどこで何をしているのか……。
おじさんよりも父さんの方が詳しく知っているような話し振りだったし、もしかしたら、その寿命が短い原因すら知っているのではないのか?
そんな風にもやもやとした気持ちでいると、階下から呼び声が聞こえてくる。
「一輝ー、日高さんからお電話よー!」
母さんは星河のことを名前で呼ぶはずだから、日高さんというからにはおじさんかおばさんのこと。
今、このタイミングで掛かってきたのなら、おそらく――
「はい、代わりました」
駆け足で階段を降りると、母親から受話器を受け取る。
そこから聞こえてきた声は、予想通りおじさんの声だった。
『一輝君、すまないね、夜遅くに』
「いいえ、それは別に――それで、何かあったんですか? 星河、のことですよね?」
僕の言葉に、逡巡するかのように一瞬、おじさんは言葉に詰まる。
けれども、息を呑むような気配が伝わってきた後、受話器から聞こえてきたのは普段と調子の変わらない、落ち着いた声だった。
『ああ。星河にはあの話を、学校から帰ってきてすぐに話したんだけれどね……家を飛び出して行ってしまったんだ。一人にしてやるべきだとは思ったのだけれども、流石にこんな夜遅くになってしまうと心配で。私もこれから探しに出るつもりなのだが、一輝君も手伝ってくれないかな? 私よりも星河の行きそうな場所を知っていると思うし』
もちろん、僕にはそれを断る道理はない。
おじさんの言う通り、星河の行きそうな所にも心当たりはあった。
「はい、もちろんですよ。あの、僕は商店街から北の方を探して回るんで、おじさんには南の方をお願いして良いですか?」
『分かった』
おじさんは僕の提案に即答し、「それでは」と僕が電話を切ろうとしたところで、
『あーちょっと待って。一応夜遅いから、一時間したら見つかっても見つからなくても、一度私の家に戻ってきてくれ。宙がいるから、うちのは家で待っているからね』
「分かりました。それでは、行きますね」
今度こそ受話器を電話へと戻す。
そして、僕は一旦自室へと引き返し、クローゼットを開けて上着を一枚羽織る。最近暖かくなってきたといっても夜はまだ涼しいので、部屋着だけでは寒いだろう。
そのまま部屋を飛び出そうとして、慌てて引き返す。
「おっと、これは持っていかないと」
机の上に置きっぱなしにしてあった携帯電話を引っ掴み、再び階下へと駆け下りる。
「ちょっとー、さっきから何をどたどたやってるの? 日高さんからの電話なんだったの?」
居間から母さんが、不思議そうな顔をして出てくる。
「あ、うん。ちょっと星河探してくるから」
全部説明するのも面倒なので、それだけ答える。
「ちょっと! 星河ちゃん探すってどういうことなの?」
後ろからの母の言葉には構わずに靴を履き、既に閉められているシャッターを持ち上げると、それを潜り抜けて外に出る。
車庫から自転車を引っ張り出してくると、後を追って母さんも店の前へと出て来ていた。
「一輝! ちゃんと説明しなさい!」
大声で呼び止めてくるが、今は時間が惜しい。
「戻ってきたら話すからー!」
既に漕ぎ出した自転車の上から後ろに向かってそう叫び返す。
早く星河を見つけなければ。
僕でもあんなにショックを受けたんだ。当の本人である星河は今頃――