父の意志
おじさんはゆっくりと、改めて話し出す。
「星河には今まで黙っていた。大人になるまでは隠しておくつもりだったからだ。だが、礼也がこれを持ち出してきたということは、それを話す時が来たということなんだろう。もちろん、君に対してもね」
父さんはこの話を聞かせるために僕を使いによこした。
そして、父さんはペンダントを見せる事によって、星河に真実を伝える時が来たことを伝えた。
何故父さんが? どうして今? あのペンダントが何だって言うのか…。
「父さんがどうして……何が?」
考えがまとまらないまま、知らず知らずの内に声が出ていた。
「はは、訳が分からないといった感じかな」
その言葉が耳に入ったのか、おじさんは微苦笑を浮かべている。
「分かりません。一体どういうことなのか……。まず、どうして父さんが星河に伝えるとか伝えないとか決めるんですか?」
そう、話の内容はともかく、まずそこが腑に落ちない。
こういう役目は、やはり実の親がするものではないか。
「ふむ。確かにそれを疑問の思うのは当然だ。まず…星河に、月夜のこと――ひいては星河自身の寿命が短いということを隠すと決めたのが、礼也なんだ。当時…月夜が亡くなってすぐの頃の私は、その提案を受け入れた。幼い星河にそんな辛い思いをさせたくなかった――というのは建前で、私自身がその現実から逃れたかっただけなのかもしれないな。事前から覚悟はしていたが、それでも月夜の死はショックだったんだ…」
おじさんは感情を押し殺したような声で、伏目がちに淡々と話し続ける。
「元々、礼也は月夜の寿命が短いということを知っていた。礼也と月夜は、君と星河がそうであるように、幼い頃からの知り合いだった。あいつは……月夜の傍でずっとその苦しみを見てきたのだろう。あいつの口から、はっきりとそう聞いた訳ではないのだけれどもね。そして、あいつなりに考えた結果、星河には大人になるまで話さないというのが最善だと思ったのだろう。でも、このペンダントを持ち出してきたということは、星河に教えなければならない時が来たということだ」
それで父さんが……。
傍で見てきたからこそ、星河が月夜さんと同じ悩みを抱えないようにと…。
でも、どうして今なんだろう。何故今、星河に伝えることにしたんだ?
星河の誕生日や高校卒業といった区切りの時期ではない。
それに、父さんはペンダントを渡そうと準備していた訳でもなかった。母さんが言っていたではないか、今日屋根裏で探していた、と。
どうしてこんな突然? すぐに取り出せるような所にしまっていたとでも言うのか?
いや、そんなはずはない。
子供の頃、僕は星河と共に秘密基地気分で屋根裏に上がり込んでいたではないか。
そんなすぐに見つかるような所に隠してあったならば、子供の僕や星河が偶然見つけてしまうという危険性があったはずだ。
やはり、突然星河に真実を伝える気になったとしか――
「どうして隠していたのかは分かりました。でも、それじゃあ何故今なんですか? 何か今日という日に意味があるんですか?」
考えても答えは出ない。ならば聞くしかない。
だが、
「いや、この日に何かあったということはない。意味があるとしたら、何もない日だから…? もしかしたら、礼也と月夜二人の高校時代に何かあった日なのかも知れないがね。礼也はあの日、星河に隠すと決めた日に、知らせるべき日が来たらこのペンダントを渡して話してくれとだけ言っていた。一輝君が知らされていないのなら、今日という日に意味はないのかもしれないね」
おじさんの言葉が嘘だとは思えない。
だとしたら、本当に心当たりがないのだろう。ただ、覚悟していた日が来た、と。それだけしか思っていないのだろう。
「分かりました……たぶん。俺は大丈夫です」
そう口にして、何が大丈夫なんだ、と心の中で自分につっこむ。
完全に納得がいった訳ではない。全てを受け入れた訳ではない。
でも――
「このことを俺にも話すように父さんが仕組んだのは、以前の父さんがそうであったように、俺に星河を支えて欲しいっていうことなんですよね」
これだけは確かだ。
本当に苦しむのは当の本人である星河のはず。今はまだ知らないけれども、これからすぐに知るであろう星河……。
その時、僕が。
「ああ、もちろん私もフォローするつもりだが、やはり同年代の一輝君が居てくれた方が星河にとって心強いだろう」
「はい。俺に出来ることなら何でもするつもりです」
そう、出来ることならば。
「星河には今日、帰って来たら話すつもりだ。星河がどういう反応をするかはその時にならないと分からないが……君に頼るようなことになったら、その時は頼むよ、一輝君」
深々と頭を下げるおじさん。
こんな他人行儀な態度をとられたのは初めてのことだ。いや、それだけ真剣だということか。
「いえ、俺の方こそ、そんな大切なことを話してもらって……ありがとうございます」
なんだか申し訳なく感じてしまって、同じ様に深く頭を下げる。
そうして、僕とおじさんとの会話は終わり、星河が帰宅する前に僕は日高家を後にした。