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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
三章 秘密
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月夜

 星河に知られないため? それは、綾子さんが本当の母親だと思わせるためということだろうか。

 あれ…でも、星河は小さな時から自分の本当の母親の存在を知っていたぞ?

 そう、それに、星河はおじさんと共に毎年月夜さんの命日に墓参りに行くと言っていたような……。

 ということは、月夜さんの存在自体を隠しているということではない。では、月夜さんの何を知られたくないっていうんだ?

「あの、それって月夜さんに何か秘密があったっていうことでしょうか?」

「ああ、そうだ。そして、それは星河が大人になるまでは隠しておくはずだったんだが……もう話す時が来てしまったらしいね」

 話す時が来てしまった――それは、僕が今こうして持ってきたペンダントと関係あるのだろうか。

「その、秘密というのを僕にも話してくれるってことなんですよね?」

「そう、君にも知っていてもらわなければならない。だからこそ、礼也は君に……。ところで、その前に確認しておきたいことが一つあるんだ。一輝君は月夜の死因について何か聞いているかね?」

 僕が月夜さんについて知っていることといえば、星河から聞いたことと、後は父さんから小さい頃に聞いた話しかない。けれども、本当に小さい頃だったからほとんど記憶には残ってはいない。

「病死ってことくらいしか。どんな病気なのかも知りませんよ」

「そうか。星河には病死したと教えたんだったな。でも、それは嘘なんだ」

「えっ?」

「本当は病死なんかじゃないんだ。月夜は、寿命で死んだんだよ」

 寿命? そんな馬鹿な。

 だって、おじさんだってまだ四十代前半だ。月夜さんが亡くなった時は、まだ二十代後半だったはず。

 その相手が寿命で亡くなるなんて、いったいどれだけ歳の離れた夫婦だったというのか。

 すると、そんな僕の心の内を見たかのように、

「いや、私がそんなすごい年上趣味だったっていう訳じゃないんだよ。月夜は、私よりも一つ上だっただけだからね」

 と笑いながら言うおじさん。

 それはそうだろう。今の奥さんの綾子さんはおじさんよりも若いのだから、そんな年上趣味なはずがない。

「えっと、じゃあ寿命ってのはどういうことですか?」

「つまり、月夜は普通の人よりもずっと寿命が短かったってことだ」

 そんな三十やそこらで、寿命で亡くなるなんて聞いたこともない。いくらなんでも早過ぎる。

「あの、ということは、月夜さんは二十後半でもお婆さんになっていたってことですか?」

「いや、寿命というのと老衰というのを一緒に考える必要はないんだよ。彼女は、見た目としては私達と変わらなかった。死んだ時も、二十代にちゃんと見えたさ。でもね、月夜は息を引きとった。まるで眠るかのように、静かに。彼女自身知っていたんだ、自分が長く生きられないということをね。彼女の父親も同じ様に三十歳という若さで亡くなったらしい。遺伝的に、月夜の家系はそう決まっているという話だ」

 おじさんはそこで大きく息を吐くと、どこか遠くを見ているような目をし、話を続ける。

「私はそれを、結婚するって時になって聞かされたよ。始めは、目の前が真っ暗になって、どうしたら良いのか分からなくなった。それでも、迷った末に私は月夜と一緒に居ることを選んだ。例え、一緒に居られる時間が短くても。そして、娘に…星河に、月夜と同じ運命を背負わせるとしても――」

 話を聞いているうちに、薄々はそうじゃないかと感じていた。

 けれども、聞き返せずにはいられなかった。

「そ、それは、つまり……星河も…長く生きられない…ということ…ですか?」

「その通りだ」

 あっさりと断定するおじさん。

 全く理解できない。おじさんは一体何を言っているんだ?

 そんな、何の感情も読み取れない表情で。何の抑揚もない声で。

 どうして…自分の娘が…星河が! 自分よりも長く生きられないというのに、そんな落ち着いていられるのか……。

 分からない、分からない、分からな………

「どうして、といった顔だね。さっきも言った通り、これは遺伝的な問題だ。生まれた時から決まっている。どんな医者に見せたって、どうすることも出来ないんだよ」

「違う!! そうじゃなくて――」

「どうして落ち着いていられるのか、といったことかな?」

 先回りされ、行き場を失った叫びが胸の中でこだまする。

「そうです! そんな残酷な!」

「はは、残酷か。確かにね、君の言いたいことは良く分かるよ。今、一輝君が感じていることは、私が二十年程前に感じたことと同じことだろうからね。月夜の話を初めて聞いたあの時…。そう、だから……良く分かるよ」

 おじさんは感慨にひたるかのように、若かりし頃を懐かしむかのように僕を見つめてくる。それがまた、苛々して気に入らない。

「あなたは! 星河に悪いとか思わないんですか!? そんな星河を――」

「では、星河は生まれなかった方が良かったと、君は思うのかい?」

 その声は、僕の声に比べればあまりにも小さな声。

 けれども、そこには強い意志が感じられた。

「そうは、思って…ない、です…けど……」

 知らず知らずのうちに、言い淀んでしまう。

 星河が生まれなかったほうが良いなんて、そんなこと考えるはずが…。


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