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クラウド・ルインズ  作者: 時野 京里
三章 秘密
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誰が為に


 勝手知ったるなんとやら。

 僕は真っ直ぐに居間へと入り、いつも座っているソファーに腰を下ろす。

 如月家が全部屋畳という純和式な家の造りなのに対して、日高家は和式と洋式がいい感じで混ざり合った造りで、居間はフローリングの床で絨毯が引かれている。

 純和風過ぎる如月家に対する反動で、僕は昔から洋風の星河の家に対して憧れの様なものがあって、ここには良く遊びに来ていた。

 一回、ポケットへと手を入れ、そこに例のペンダントがあることを確かめる。

「あ…」

 それで気が付く。ポケットの中にそのまま無造作に入れられたペンダント。

 借りていた物を返すにしては、あまりにも不仕付けではないだろうか。せめて、袋や箱などに入れて渡すべきではないだろうか。

 けれども、ここまで来てしまってはどうしようもない。そもそも、父さんがこのまま渡してきたんだからそれがいけないんだ、と自分に言い訳する。

「いや、わざわざ上がってもらってすまないね」

 と言いながら、おじさんが居間へ現れる。

 笑顔でやって来て、僕の座っているのとは机を挟んで対面にあるソファーに腰を下ろす。

 さっきのぎこちなさは今はなく、いつもの柔和な表情だ。

「それで、礼也(れいや)から預かって来た物は?」

「あの、そのままで悪いんですけど……これです」

 僕はなるべく丁寧に、父親から預かったペンダントを取り出す。と言っても、傍から見たら、無造作に、というのが正しい表現なのだろうが。

「ははは。あいつからは、これについて何も話を聞いてない?」

 おじさんはその手に受け取り、何か面白かったのか、楽しそうに笑いながら問い掛けてくる。

「ええ。帰ってきたらこれだけ置いてあって、父さんは居ませんでしたから。母さんから言付かって来たんですよ」

「そうか、やっぱりな。いかにも礼也らしい」

「いや、でも、ちゃんと入れ物に入れてくるべきでしたよね。すみません」

 頭を下げる。

 それに、おじさんは相変わらずの笑顔で答える。

「いやいや、気にしなくて良いさ。このままで十分だよ。しかし、これを目にするのは……十五年振り、位か」

 と、おじさんは何処か遠くを見るようにして、手元のペンダントへと視線を落としている。

「そんなにずっと借りてたんですか。でも、父さんは屋根裏を探し回って見つけたらしいですよ? 必要ないんならすぐに返せば良かったのに」

「いや、そうじゃないんだ。これは礼也に貸していたのではなくて、預かってもらっていたんだよ」

 おじさんはペンダントの鎖を右手に吊るし、ゆらゆらとそれが揺れるのを見つめる。

「預かってもらっていた? おじさんが、父さんに?」

「そう……私が頼んだのだよ」

 そこでおじさんはふぅーっと大きく息を吐き出し、ペンダントから視線を上げると、僕の目をまっすぐに見つめてくる。

 そして、改まって話し始めた。

「君がこれを届ける役目を頼まれたのは、この話を聞くためだ」

「この話?」

「これはね、月夜(つくよ)の、星河の実の母親の形見なんだよ」

 月夜さん――会った記憶はないけれども、その存在は知っていた。

 星河の実母は、星河がまだ物心の付く前、確か一歳の頃に、病気で亡くなっているのだ。

 形見の品は全く残っていないらしく、星河は写真すら見たことがないらしい。

 その後、おじさんは今の奥さんの綾子あやこさんと再婚している。それが、星河が三歳の頃の話で、星河は綾子さんのことを実の母親の様に思っている。

 僕がこの話を星河から聞いたのは、小学校高学年の頃だったと思うが、実際本当の親子じゃないと言われてもピンとこなかった。それは、それほど自然な親子関係だと感じていたからだろう。

 五歳の宙は、もちろんおじさんと綾子さんとの子供なので、星河とは腹違いの姉弟となる。

「その、大事な形見をなぜ父さんに? 星河から、形見の品は全く残っていないって聞きましたよ」

「ああ、本当にこの家には何も残っていないんだよ」

「だったら尚更、それを父さんに預けていたって意味が分かりませんよ」

「はは、言い方が悪かったかな。この家には、と言ったんだけど」

 この家には…? それって、もしかして――

「俺の家には、月夜さんの形見が他にもあるってことですか?」

 僕のその考えはどうやら正解だったらしく、おじさんはゆっくりと頷く。

 そして、ペンダントを机の上へと置く。

「月夜の持ち物は、いや、月夜に関係するものか…。それらは、すべて礼也に預かってもらった。流石に、妻との思い出の品全てを処分してしまうことは、私には出来なくてね。礼也には迷惑を掛けてしまった」

 全て処分って、一体どうして? 辛いのなら、そんなことをする必要はないはずだ。

 再婚のことを考えても、いくらなんでもやり過ぎのような気がする。

「どうしてそんな。そこまでしないと立ち直れない位だったんですか?」

 僕のその質問には、今度は首が横に振られる。

「いや、私じゃないんだ。星河のため……星河に、月夜のことを知られないために」



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