協力者
「ははっ。そうだな。その件は後回しにして貰えると助かる。何よりも、我々が優先して対処しなければならないのは黒いアルドによる汚染なのだから」
「という事でだ。俺からの申し出は受けてくれるって事で良いか?」
時雨からの再度の問い掛けに、ザルードは今度は大きく頷いた。
「ああ。君達三人が――三つの至宝を持つ三人がシュトゥルーに行くというのなら、私はその道案内をしよう」
その言葉を聞き、時雨の口の端が上がりかけるが、ザルードは否定の言葉を続ける。
「だが、向こうに行った後に、皇帝陛下から至宝を奪えという勅命が下されれば私はそれに従い君達と敵対する事になる。それは覚悟しておいてくれ」
「くくっ。望むところだ。俺一人で返り討ちにして、再びベッド送りにしてやるぜ」
楽しそうに笑う時雨。
おそらく、時雨としては全力を出して戦える相手、つまり好敵手としてザルードを認めているのだろう。だからこそ、戦う事自体が楽しみだという笑顔を浮かべている。
だが、ザルードの方はそうでもないらしい。
「はっ。私としては、戦わないで済むならそれに越した事は無いのだがな。もちろん、戦うのであれば負けるつもりはないが、ね」
と、戦闘をする事に対しては否定的な様子。
そうなるのは、力を使う相手に飢えていた時雨と、常に危険と隣り合わせの世界で暮らしていたザルードとの、境遇の違いからだろうか。
「何はともあれ、しばらくの間は同行者って事で宜しく頼むぜ」
そう言って右手を差し出す時雨。
その手を、ザルードはしっかりと握り返す。
「ああ、宜しく頼む」
そう言ってしばらくの間二人は手を握り合い、その白い部屋はとても良い雰囲気に包まれた――のもつかの間。
手を離した時雨は、百人が見れば百人が同じ様に感じるだろう、本当にいやらしい笑みを浮かべて口を開いた。
「話は変わるが、ザルード。一つ聞いておきたい事が有るんだがなぁ?」
もちろん、ザルードもその時雨の笑みに気が付かないはずがない。
傍目から見ても分かる程、大きく息を飲んで身構える。
「ん? 何だ?」
短いその問い返しに、時雨の片方の口の端がより一層つり上がった様に感じる。
「いやぁ、何って大した事じゃあないんだがなぁ。俺は大変気になる訳よ。お前程の男が、こうして病院のベッドに横になっている訳がねぇ」
その話なら既にしただろうと僕は思ったが、結果として、時雨の言いたい事は全然違っていた。
つまり、
「あの泥人形が模していた少女……。確か、姫様――だったかなぁ?」
からかっているのがありありと分かるその時雨の言葉に、ザルードは思いっきりうんざりとした表情を浮かべて顔を反らした。
だが、観念したのか、時雨へと向き直ると口を開く。
「それがどうかしたか?」
時雨の言いたい事はもう分かっているだろう。だが、自分から詳しく説明して余計いじられる事を警戒してか、ザルードはとぼけてそう聞き返す。
「くくっ。つまりだな、その姫様って人とお前との関係が聞きたいなぁーと俺は思うのだよ。それは、これから協力関係を築く上で、きっと重要な意味が有ると俺は思うんだよなぁ」
笑いを隠さずに、もっともらしい理由を付けて問い掛ける時雨。
ザルードは軽く首を左右に振ると、「はぁーーっ」と大きく溜息を吐いた後に口を開いた。
「分かったよ。向こうに行く前に、現在のアンビシュンの状況については説明をしておく必要が有ると思っていたからな」
こちらももっともらしい前置きをするが、続く言葉はその発言通り、真面目な話だった。
「アンビシュンは代々、皇帝の血族が帝位を継いでいる。現在の皇帝であらせられるのはサイタニア=E=アンビシュン陛下だ。そして、陛下には一人娘がおり、君が今話題に出した姫様というのは、彼女の事である。エスト=R=アンビシュン様だ。詳しい説明は省くが、現在、姫様が唯一の皇位継承候補者だ。つまり、姫様が居なくなるという事は、アンビシュンの皇位継承者が居なくなるという事。我々アンビシュンの者にとっては絶対に有ってはならない事だ」
「ああ、なーるほどね」
そこまで聞いた所で、時雨はそう言って一人納得する。
何だか聞いた話以上の事を理解した風に話す時雨に疑問を持ったのは、どうやら僕だけでは無かったらしい。
ザルードが聞き返す。
「何が、なるほど…なのだ?」