国
「なあに、向こうに行ったらすぐさま土地を寄こせっていう訳じゃあない。まずは、黒いアルドに汚染された土地を浄化しなけりゃならない。土地が有っても、人が住めないんじゃ意味無いだろ?」
「そうして人の住める土地が増えてきたら、旧レイツア領を返却しろ、と。そういう事か」
「理解が早くて助かるな」
そう頷く時雨に、しかし、ザルードは厳しい表情で頭を横に振る。
「だが土地を取り戻した所で、国が再興するとは思えんな」
「どういう意味だ?」
「余りにも時間が経ち過ぎている。こちらの世界に来ていた貴様らには分からないかもしれないが、旧レイツアの民は、既にアンビシュンの民として長年暮らしている。それこそ、貴様らと同じ様に世代を越えてな。今更、レイツアの復活を望む者達が居るとは思えんな」
と、それまで友好的に話していた時雨が、急に語気を荒らげ、感情のままにと言った感じで言葉を放った。
「それを決めるのは貴様ら侵略者じゃねぇ」
その突然の変化に虚を突かれたのか、目を見開き固まるザルード。
時雨もそのまま動かないため、時間が止まったのかと僕が思い始めた所でザルードが動いた。
「ああ、そうだな。人の心の内まで…全て分かる訳は無い、か」
時雨から視線を反らし、伏し目がちに放たれたその言葉には、深い重みがこもっている様に感じられる。
と、声を荒らげてしまった時雨の方も気まずかった様で、頭をぐしゃぐしゃとかくと、これまたザルードとは違う方向に顔を反らして口を開いた。
「あーいや、すまなかった。お前自身を責めるつもりはねぇんだ。もしかしたら、お前の言う通りなのかもしれねぇ。けどな……」
そこで言葉に詰まった時雨の言葉を代弁するとしたら、「この気持ちを何処にぶつけたら良いのか分からない」と言ったところか。
最近になって自分達のルーツについて知った僕と違って、時雨は昔からシュトゥルーやアンビシュンの事を聞いて育ったに違いない。
御先祖様達が平和に暮らしていた所に急に襲って来て、その国を滅ぼしてしまった極悪非道のアンビシュン――そう憎んでいたのだろう。
だから、その憎しみを原動力にして、時雨はイーストステアーズの力をあれだけ自由に使いこなせるようになるまで厳しい修行を続けてこれたのだろう。
けれども、その実態を知ってしまえば、一方的に憎み続ける事は出来ない。侵略行為は許せないけれども、彼らにも彼らの事情があり、その時はその手段しかなかったのだろうから。
それはザルードの人柄を知ってしまえば尚更だ。彼自身は、国のために、民のために、そして、世界のために命を掛けてここまで来たという、尊敬すべき人物なのだから。
お互いに顔を背けたまま、ザルードが再び口を開く。
「先程の話に戻るが、もう一つ、いや、それ以上に大きな問題がレイツア再興にはある。少なくとも、私はそう思う」
と、時雨がザルードへと顔を向け直す。
「何? どういう事だ?」
「アンビシュンは元の領地をほぼ捨ててレイツアを侵略した。結果、旧レイツア領がアンビシュンの主要領地となった。侵略した国、そこを民の反発を最も効果的に抑えて支配する方法は何だと思う?」
そこであえて問い掛けるザルードは、真っ直ぐ時雨の目を見つめ、射抜く様な視線を送る。
数秒の思考の後、時雨が答える。
「俺はそういう政治の話はからきしだ。さっさと教えろよ」
どうやら考えるのは諦めた様だ。
その様子が若干可笑しかったのか、ザルードは笑いを漏らす。
「はっ、そうか。答えは簡単だ。旧支配体制を取り込む事、つまり、レイツア王家をアンビシュン皇帝の家系に組み込んだのだ。現在のアンビシュン皇帝は、同時にレイツア王家の直系でもある。そして、その皇帝の居城は、旧レイツア城を改築した物に他ならない」
言われてみれば、確かにその方法が正解だ、と頷ける。少なくとも、侵略した土地の住民を全て皆殺しにするよりはずっと平和的な解決方法だ。
だがそれで、本当に元からいた民と、新たにやって来たアンビシュンの民が共に暮らしてこれたのだろうか。争いは起こってこなかったのだろうか。
ザルードの先程の話では、民は仲良くやっている様な印象を受けるが…。
「なるほどね。まぁ、国を再興するってのが簡単じゃあないって事だけは分かったぜ。だったら、俺がその目で見て考えるさ。シュトゥルーに行き、現状を見て、アンビシュンの支配からの脱却が必要だと感じれば、そのために行動する。現状のままでも良いと判断すれば……まぁその時はその時で、だ」
途中で考えるのがめんどうになったのか、言葉を濁す時雨。
それに対して、やはりザルードは笑いを漏らした。