白い部屋
「トントンッ」
視界に映る真っ白な扉が、外側からノックされる音が響く。
けれども、そのノックに応える声は何も発せられない。
数秒間の沈黙の後、ガラッと勢い良くその引き戸が開かれた。
そこに立っていたのは、ここ数日の内にすっかり見慣れた制服姿の青木時雨だった。
「おいおい、起きてんじゃねーかよ。返事位しろよな」
呆れ気味に時雨はそんな言葉を発したが、それにも答える言葉は何も無い。
「…ったく」
そうごちりながら、時雨は部屋の中へと入って来る。
その時雨の動きに合わせて、僕の視界も動いて行く。
それまで入口の扉側の壁面しか分からなかったが、その視界に動きによって、ここが小さな個室の中なのだという事が分かる。
全面真っ白の壁や床になっていて、置かれている棚などの調度品も白を基調としたシンプルなものが多い。
そして、その部屋の中心にはベッドが一つ置かれていて、一人の男性がそこに横になっていた。
つまるところ、ここは何処かの病院の一室なのだろう。
時雨はベッドの横まで歩いて来ると、そこに横になっている人物へと改めて話し掛ける。
「で、具合はどうだ?」
その言葉に、ベッドに横になる人物は、「ふぅーーーー」と大きく息を吐くと、それまで窓外へと向けていた視線を時雨へと向け、
「全く…貴様は何を考えているんだ」
そう言いながらベッドから上半身を起こした。
布団の中から現れたのは、病院で良く見る青い入院服。襟元や腕には、白い包帯が身体に巻かれているのが覗いて見える。
「何って、どういう意味だ?」
時雨はきょとんとして問い返す。
わざとでは無く、本当に問われた意味が分からないと言った様子だ。
ベッドの上の男性は、自らの白銀の髪をかき上げ再び大きく息を吐くと、呆れた様子で口を開いた。
「はぁ。だから、私と貴様とは命のやり取りをした間柄だというのに、どういうつもりで呑気に話し掛けているのだと聞いている」
すると、時雨はパチンと指を鳴らすと、得心がいったという感じで目を見開いた。
「ああ、そんな事気にしてたのか、お前は。んな事はもう終わった事だろ。今のお前は俺と戦うつもりは無い…そうだろ?」
そこで一度時雨は言葉を切ると、ベッド上の人物、ザルードの顔色を覗う。
けれども時雨は、ザルードが返事をするよりも早く再び口を開いた。
「だったら、今ここで険悪なムードを作り出す必要も無いだろ。お互い、話さなきゃならん事は色々あるんだしな」
すると、今度は時雨が話を止めるのと同時に、食い気味にザルードが言葉を発した。
「何故そう思う?」
「はっ、そんなん、お前が大人しくここに入院してるってだけで十分な理由になるだろ」
「体調が戻るまで大人しくしていて、戻ったら寝首をかくつもりかもしれないが?」
その言葉に対し、時雨はにやりと口の端を上げる。
「俺は全力で戦った男の性格位、把握出来ているつもりだが? お前はそんな卑怯な事をする男じゃ無い」
「ははっ、バカ正直な男だ」
と、ザルードはそれまでの眉間にしわの寄った表情を崩し、心底可笑しそうに笑い声を上げた。
「んでまぁ、話してる分は不自由は無い様だが、体力の方は実際どうなんだ? 怪我は何ともないんだろう?」
ザルードの負傷、それは泥人形の抱擁で黒いアルドの浸食された事による所が大きいだろう。あの場に来るまでの時雨との戦いとの傷跡は、公園に現れた時にはもう既に見えなくなっていたのだから。
「そうだな、直接の傷、怪我という様なものはクレセントムーンの力ですぐに完治したからな。問題はアルドの方だ。黒いアルドによる汚染、それはクラウドルインズの力によって浄化して貰った。だが、それは無くすという事で元に戻すという事ではなかった。つまり、浄化と同時に私自身のアルドがきれいさっぱり無くなってしまったのだ。身体からの大量のアルド消失は、生命の維持に大きな影響を及ぼす。結果、意識を失った私は気が付いた時にはここで寝ていた訳だが…」
「あれから三日経ったところだな」
時雨がそう口を挟む。
「最初に目を覚ました時に、看護師から聞いたさ。自分が眠っていた期間はな」