闇の傷痕
この隙に、奴に残りの攻撃を叩き込む未来を導き出さなければいけないのだ。
「一輝、大丈夫?」
と、時雨よりもさらに後ろで見守っていた星河が不意に声を掛けて来る。
「ああ、大丈夫。攻撃は食らっていないから」
そう答えている内に星河は僕の直ぐ横まで来ると、右肩へと手で触れて来る。
「うん、それは見ていれば分かるから。そうじゃなくて、さっきの肩の――」
「ああ、それなら星河がちゃんと治療してくれたから。何の痛みも無いよ」
「それなら…良いんだけど……」
と、何故か歯切れ悪く応える星河。
「ん? 何か問題があるのか?」
本当はゆっくり話している暇はないのだが、流石に不安に思い問い掛ける。
「さっきの、アンビシュンの人の事覚えてる? あの泥人形に抱き付かれた――」
「ああ、ザルードね。彼は来夢に任せて来たんだよな。それがどうかしたか?」
すぐに星河の言わんとしている事が理解出来ずにそう問い返す。
「だから、彼みたいにあの泥人形に触れられたその肩が、黒いアルドに汚染されてないのかなって思って」
そこでやっと星河の心配している事が何なのか理解する。
そんな事はすっかり忘れてしまっていた。
元々、あの泥人形に触れない様にするために武器だけで対処していたのだ。
今、目の前で戦っている時雨だって、手に持つ燃える剣だけで泥人形に対処している。
そう、直接奴に触れる事は危険なのだった。
ザルードは星河がしばらく治療し続けても完治出来なかったので、今も来夢が治療を続けているはずだ。
であるならば、奴の黒いアルドで出来た刃によって斬り裂かれた僕の肩の傷も同じであるはずだ。
治療はしたが、そうそう黒いアルドの影響が無くなりはしないのではないか、と星河は言いたいのだろう。
右肩に違和感などは感じなかったが、僕は改めて右肩へと手を当て、傷痕の様子を確認する。結果、特にこれと言って気になる所は感じられない。
傷跡もクレセントムーンの力によってきれいに塞がっているし、その周りに何か黒いアルドの影響が有る様には感じられない。
自分の目では肩の様子を良く見る事は出来ないので、後は星河に確認して貰う事にする。
「触った感じじゃ特に何も感じられないけど、何か異常が見えるか?」
「えっと、あれ…うん。そうだね、何も異常は無いみたい」
見て確認した星河は、そこに異常が全く見られずに安心した…と言うよりは驚いているといった感じだ。黒いアルドの攻撃を受けて、何も異常が無いという事が信じられない、と。
直接触れられたザルードの様子を間近に見ている星河だ。何も目に付く所が無いのは確かだろう。
「別に、そんな驚く事じゃないさ。黒いアルドに対抗するのがクラウドルインズの力なんだから、それを使っている俺なら、黒いアルドの影響は無いって事だろ」
僕はすぐそう結論付ける。
今は、あれこれ考えている時間は無いのだ。黒いアルドの影響がなかったのなら、それは幸運だったとして次の行動に移るべきだ。
「そうだね。うん、直接見て影響が無いのは分かったんだから、気にする必要は無いよね。一輝、頑張って」
「おう! 任せとけ!」
僕は元気良く応え、意識の集中に入る。
未来予知の能力で、泥人形に最後の一撃を叩き込む未来を導き出す――それが今、僕のすべき事だ。
すぐに幾つもの未来が見えてくる。攻防の合間の能力使用と違って、結界の起点を壊した時の様にもっと先まで見通す事が出来る。
しかし、正面からの攻撃では、全て弾かれる未来しか見えない。可能性があるとすれば、時雨との攻防の隙を縫っての背後からの奇襲だ。
目の前で繰り広げられている時雨と泥人形の打ち合いに合わせ、後ろが取れるであろうタイミングに能力を発動する。
見えた未来は、確かに泥人形の真後ろから光の刃を打ち込むもの。
だが、そのどれもが、先程と同様に硬い物とぶつかる様にして弾かれてしまう。
「くっ、駄目か」
僕は一度現実へと戻り、息を吐く。