最終局面
そこにあったのは、ただの泥の塊。盛り上がった、僕の身長と同じ位の高さの細長い泥の山だ。
その表面はどろどろとうごめいていて、またその形が変わるのではないかと思わずにはいられない。
だが、能力を使っても泥の山が動く未来は映らない。
僕は意を決し、叫ぶ。
「さーってと、今度こそ最終局面って奴だよなぁ!?」
「はっ! 後ろは任せろよ!」
背後からの頼もしい時雨の声に後押しされ、僕は開いた間合いを再び詰める。
一撃。
泥山は動かない。
二撃。
されど泥山に変化は無い。
三撃。
泥山の表面が怪しくうごめく。
四撃。
『ふ、ふふふ…』
不気味な声が響く。
五撃。
「下がれ!!」
時雨の叫びと同時に、大きく後ろに飛び退く。
同時に、目の前を通り過ぎる巨大な黒い鎌。
「ひゅーっ。あのまま動かないでいてくれれば楽だったんだが……そうもいかないか」
僕は目の前の、人型を取り戻した黒い塊へとそう話し掛けた。
案の定、きちんと返事が返ってきた。
『やっと、我が意志で動ける様になったのだ。そうそう好きにはやらせんぞ』
目の前の泥人形は今や僕の腰程までの背の高さしかない。つまり、泥人形は、小さな子供の姿を取っていた。
先程までの女性とは違う、少年の風貌。
これも、何処かで取り込んだ人の姿なのだろうか。そして、今言葉を発している人格がこの少年のものなのだろうか。
「偉そうな事言ってるが、お前に残されたアルドは僅かだぜ? その姿が何よりの証拠だろ?」
そんな言葉が後ろから聞こえて来る。
それに答える黒い少年。
『なればこそ、貴様らを取り込む! その無限のアルドを生み出す力を取り込めば、失われたアルドなど問題では無いわ!』
少年の形が崩れ、鋭い槍状になった汚泥が迫る。
目の前へと迫ったそれを、光の刃で軌道を反らして回避する。
そのまま前進、残った塊へと刃を振り下ろす。
だが、その刃は、それまでの粘土の感触とは違った、鋼の様な固い感触によって弾き返される。
泥山の前面が固い鉄板の様に固まり、うごめきを止めているのが目に入る。
「ちぃっ」
未来予測の能力を使うが、続く刃も固い手応えに弾き返される未来しか見えて来ない。
けれども、そのまま引くという選択肢は敵に反撃を許す未来しか見えなかったために、無駄だと分かりながらも横薙ぎの一振りを繰り出す。
予測通り、固い手応えに光の刃は再び弾き返され、その反動に任せて僕は再度、間合いを取る。
だが、休んでいる暇は無い。
その場へと、何本もの黒い槍が殺到する。
僕は横へと地面を転がる様にして、その射線上から逃れる。そして、それまで僕が居た場所の地面には、幾つもの穴が穿たれる。
未来予知の能力を再び使うが、相手に刃が食い込む未来が全く見えない。
今のままではこれ以上の攻撃を加える事は不可能だと判明するが、だからと言ってこのまま逃げの一手では、こちらの体力切れが先に来るのは火を見るよりも明らかだ。
「時雨! 時間稼ぎ頼む!!」
残された道はこれしかない。
時間を掛けて能力を使い、何とか攻撃が届く未来を見つけ出す。
言っている間にも、目の前に迫る黒い刃を光る刃で受け流す。
「りょーかいだぜっ!」
何の躊躇も無く、そう返事をした時雨が僕の前に出る。
すぐさま炎の剣と黒い刃の交差する音が聞こえて来るが、今の僕の役目は時雨の戦闘を見守る事ではない。