動き出す闇
一分にも満たない休憩だったが、星河のクレセントムーンのお陰で、驚く程体力は回復していた。
「んじゃ再開するぜ」
そう言い残し、再び泥人形の前へ。
再度、数十回の斬撃を振り下ろした所で時雨が叫んだ。
「一輝! 様子がおかしい!」
同時に、僕も気が付いていた。
それまで微動だにしなかった泥人形の身体がうごめいた事に。
油断と、そしてアルド節約とでそれまで使っていなかった未来予知の能力を発動する。
見えた未来は、僕の身体を真横に斬り裂く黒い刃。
迷っている暇も無く、その中で最善の未来を導き出す。
動き出す時間の中で、僕は目の前に光の刃を構える。
ほんの一瞬の差で、光の刃と黒い刃が交差し、その衝撃に僕は後方へと吹き飛ばされる。
受け身も取れずに地面へと激突した体は、何回転か地面を転がった後に、星河によって受け止められた。
「か、一輝、大丈夫!?」
悲痛な星河の叫びに、
「だ、大丈夫だ。これでも、一番の結果なんだから」
そう言いながら、特に痛む右肩を押さえながら僕は立ち上がる。
目の前には、泥人形と僕らとの間に立ち塞がり、いつでも動けるようにと体勢を整えている時雨の姿があった。
だが、状況はそうすぐには動かない。
「星河、右肩の治療を頼む」
時間はあると思い、そう星河に頼む。
咄嗟の防御で受け流した黒い刃は、僕の身体を真横に切断はしなかったものの、右へと抜けて肩に深々と傷を作っていたのだ。
「う、うん。分かった」
すぐさまクレセントムーンの能力を使い出す星河。
普通、これだけの出血量を見たら女の子では卒倒しそうなものだが、自分の力ならこれ位の傷は何でもないという事が分かっているからなのか、星河は落ち着いて行動している。
肩の痛みが段々と引いて行くのを感じながら、僕は時雨の背中越しに泥人形へと視線を向ける。
そこには先程までと同じ女性の姿であるが、格好を変えた泥人形が立っていた。それは、自らの肩を抱く様にして腕を体の前で交差させている。
「攻撃して来た時、形が変わった様に見えたけれども、気のせいだったか?」
僕が問い掛けると、
「いや、その通りだ。だが、すぐに元の今の姿に戻ったんだ」
時雨がそう答えてくれる。
離れて見ていた方が、その変化も分かり易かったのだろう。
「今は動きなし、か」
「と言うより、自分で自分を押さえてるって感じに見えるな」
時雨の言葉に改めて泥人形を見てみると、確かにそう見える。
「アルドはどの位まで削れたか分かるか?」
「たぶん、俺と同じか少し多い位までは減ってると思うが…それが動き出した原因かもしれんな」
僕も同意見だ。だからこそ、今その問いを再び投げ掛けたのだ。
「アルドが減って、あの黒いアルドを支配していた女性の人格が弱くなってる…って事かな」
「って事は、攻撃して来たのは黒いアルドの元々の人格って事か?」
時雨の問いに僕は首を横に振る。
「アルドに人格があるってのは考え辛いし、彼女に抑え付けられていた別の人格と考えた方が良いんじゃないか。確証は無いけどな」
そんな僕らの会話は、泥人形にも聞こえていたらしい。
急に頭に響くあの声が聞こえて来た。
『ふ、ふふふ。本当にそうだよ。忌々しいアルディールめが。我に取り込まれたというのにまだこうやって抗うとは…全く忌々しい…忌々しいよ』
先程と変わらない女性の声だが、少し低く感じる。そして、その喋り方は別の者の様に感じる。
「何だ? お前は誰だ?」
時雨が問い掛ける。
すると、今までにない反応が返ってきた。つまりは、その言葉にきちんと応答して来たのだ。