斬って斬って斬って
「おいおい、それはちょっとおかしくないか? あの泥の姿はただのコピーだぜ? それじゃあまるで、その女性はあの泥に取りこまれ、そこから解放して欲しいみたいじゃないか」
時雨の反論は、僕が考えた事と同じだ。
「ああ、そうなんだろう。その彼女が今目の前の黒いアルドの中に居るのかどうかは分からないけどね」
「ん? 居るのか、居ないのかどっちだ?」
僕の言葉の意味が理解出来なかった様で、時雨が問い返してくる。
それには、星河が答える。
「この黒い塊は、シュトゥルーにある大きな黒いアルドの欠片なんじゃないかっていう事だよね。そして、シュトゥルーの黒いアルドの中に囚われている人の意識が今、目の前の塊を支配している、と」
「なるほど、そういう事か。だが、だとしたらラッキーだったな。あのままザルードの姿の泥人形を削り尽くすって事になってたら大変だったが、向こうから望んで削られるってんなら楽勝だな」
そう言いながらも、時雨の言葉は喜んでいる様には聞こえない。
「ふっ、時雨。お前は戦う事を望んでいたみたいな感じだな?」
だから、僕はそう言ってやる。
「あーね。不謹慎だってのは分かってるが、このままじゃどうにも盛り上がりに欠けるっていうか、締まらないっていうか。物語の〆を飾るには若干物足りないっていう感じでな」
正直にそう返してくる時雨に、一層笑いが込み上げて来る。
「ははっ、物語って何のだよ。ったく、暴れ足りないってか。俺がやる事はやるけど、まだ何が起こるか分からない。気を抜かずに警戒を頼むよっ」
言い終わると同時に、泥人形へと向けて再び僕は足を踏み出した。
一体どれだけ、手の中の刀を振り下ろしただろうか。
二十回位までは数えていたが、もう馬鹿らしくなって数えるのは止めてしまった。
二十回程斬ったところで姿は変わらないし、そこから感じる黒いアルドの量が減ってる様にも感じなかった。
本当にこの行動で削れているのかと不安にもなった。
けれども、百回は行ったか、流石にそこまでは行ってないかと考えていた頃、やっと目の前から感じる黒いアルドの量が少なくなっている事に気が付いた。
相変わらず泥人形は無抵抗の無反応でこちらへと手を伸ばしている姿のままだが、そこから感じられた計り知れない量のアルドは、やはり確実に削られ続けていたのだ。
とは言うものの、僕も星河もアルドを量るという事にまだ慣れていないので、まず気が付いたのは時雨だった。
「やっと、底が見えて来たって感じだぜ」
不意に発せられた言葉に、僕は構わず刀を振り続ける。
「底って、黒いアルドの底が?」
星河が問い返し、時雨が答える。
「ああ。今でやっと…俺のアルドの倍位か。まぁまだ、その人間の姿に収まりきれるとは思えない量だがな」
まだ決して少なくは無い。だが、確実に減っているんだという事実は、徐々に減って来ていた僕の気力を回復させる。
実際、ただ光の刀を作り出しているだけだがアルドは消費しているし、動き続けて体力的にも疲れが貯まって来ているのだから、その朗報は心底身に染みた。
僕は振り続けていた腕を止め、一度二人の元へと後退する。
「はあ、はあ、はあ…流石に息が切れる――」
大きく息を吸いながらの僕の言葉に、
「状況がいつ変わるか分からんし、余り無理はするなよ。余裕がないといざという時に取り返しのつかない事になるぜ」
時雨が助言してくれる。
「ははっ、そうだな。何かもう、ひたすら素振りしてる気分になってたよ」
「私の力で、少しは体力回復出来ると思うからちょっと待ってね」
そう言って、星河が僕のすぐ傍に来ると、体の横へと手をかざす。
すると、その周囲が淡い緑の光を放ち始める。
おそらく、ザルードを回復させていたのと同じ様な能力だろう。ただ休憩している以上のスピードで、体から疲労感が消えて行く。
「にしても、無抵抗で本当に良かったな。動き回るアイツにこれだけ斬り付けるなんて、一体どれだけ掛かるか…考えたくもねぇな」
そんな時雨の言葉に、
「全くだ」
僕は心から同意する。