無抵抗
「あ、ああ。そうだな。何故か判らないが、アレはクラウドルインズに反応して、混乱している…と言って良いのかな。とにかく、奴が落ち着くのを待ってやる必要は無いな」
「で、でも大丈夫なの? 様子がおかしいって事は、相手がどう動くかも予測し辛いって事だよ」
前へと一歩踏み出そうとした所、後ろから星河が声を掛けて来る。
「なーに、何かあっても大丈夫な為の俺達だろ。何が起こっても俺が必ず守ってみせるさ」
何だコイツ、凄い男らしいぞ、と時雨の返答を頼もしく思いながら、
「いずれにしろ、このまま見てる訳にはいかないんだ。やってやるさ。星河もサポート頼むよ」
そう言い終わると同時に僕は動いた。
間合いを詰めるが泥人形に動きは無い。何かを追い求める様に両手をこちらへと伸ばした格好のままだ。
その姿に、若干抵抗感を覚えたが、僕は動きを止めない。
アレは人ではない。人の形をしているが、全く違う何かだ。視覚的にも泥の塊にしか見えないし、アルドを感じれば、到底人のそれとは思えない。
だから、大丈夫だ――僕は自分にそう言い聞かせ、円筒を握る腕に力を込める。
狙いはまずは、目の前に差し出されている二つの腕。
そのまま、僕は振り上げた光の刀を全力で泥人形へと振り下ろした。
手応えは見た目通りにあった。つまり、泥の人形を斬る様な手応えだ。
二本の腕は、丁度肘に当たる部分からきれいに両断され、本体から引き離された手の先は地面へと落下する。
腕が切れて落ちるというのは、視覚的にあまり気分の良い物ではないが、そんな事を気にしている時間は無い。
僕は地面へと落ちたその二つの塊に向けて再び刀を振る。その塊へと突き出すだけで、そのまま串刺しにするのを狙った行動だ。
それは、切断された部分が黒いアルドのまま地面に吸収されてしまわない様にするためだ。
もちろん、一連の行動は未来予知の能力を使って、予知した最良の行動だ。
狙い通りに塊が二つ突き刺さった光る刀を手に、僕は一度後退して間合いを取る。
それだけの行動をしたのだが、泥人形は全く動く事は無かった。それどころか、姿に変化すらない。
つまり、切断されたはずのこちらへと向けた両手さえも、変わらずそこに存在していた。
刀に突き刺さっている塊が見間違いだという事では無い。そこに塊が確かに有るというのに、残った泥人形はいつの間にか腕が元通りに直っていたのだ。
アレの体はアルドで出来た仮の姿だ。だから、例え一部が欠けたとしても、他の部分のアルドで補えば元の形に戻る事が可能だという事は分かるが、余りにも瞬時のその修復に、虚を突かれる。
そこまで、あの形に拘りがあるのか、と。
手元の刀に刺さった塊はそのアルドによって中和されたのか、白い光の粒となって徐々に周囲へと霧散して行く。
という事は、見た目には分からないが、泥人形を構成していた黒いアルドは確実に減っているはずだ。後はこのまま、泥人形のアルドを削り続けるのみだ。
相変わらず動かない泥人形に向かい、再び間合いを詰める。
今度もクラウドルインズへと力を込めると、見えた未来に従って泥人形の右肩へと刀を振り下ろす。
やはり何の抵抗も無く、根元から切断され落下した泥の右腕へと、同じ様に突きを放つ。
間合いを再び取ると、光の刃に突き抜かれた黒い塊は、先程同様、徐々に光の粒になって行く。
視線の先にある泥人形は、またもや元の形を取り戻している。
一体、手を差し出して…何をしているというんだ。
否、この泥人形自体に意志はない。一体、誰のどんな意志を表しているのか、と言った方が良い。
この姿である女性の意志なのは確かだが、それは一体――
と、そこで時雨が声を掛けて来る。
「全く動かないな。一体どういう事だ?」
それに対して、星河も思う所を口にする。
「あの姿、救いを求めている様に見えるよね。……もしかしたら、あの女性はこうなる事を望んで居たのかもしれないね」
「こうなること?」
問い返すのは時雨。
それに対し、僕が思い至った答えを口にする。
「クラウドルインズによって無に帰る事を、か」