戦いへ
「いやね、元々俺達三家の関係って偏ってるなと思ってたんだよ。イーストステアーズがシュトゥルーからの来訪者の警戒に当たり、クレセントムーンが結界を維持する。じゃあクラウドルインズって何するんだよってな。あの黒いアルドに対抗するのがクラウドルインズの役目だって言われて、納得したよ。そのために後ろに控えてたんだってね」
父さんの意見はもっともだ。
未来を予知する能力は確かに強力だ。だが、それだけで全てを解決する事は出来ない。全ての事象を予知し、都合の良い物を選び続ける――そんな事をするには、どれだけアルドが有っても足りない。
だから、クラウドルインズには予知するという能力の他にも役割が有るという事を知って、父さんはある意味安心したのだろう。
だが、今その役目を果たさなくてはならないのは父さんではない。僕だ。
「クラウドルインズで中和するってのは、具体的にはどうするんだ?」
ザルードへと問い掛ける。
「方法は色々あるが、やる事は奴の身体にクラウドルインズのアルドをぶつける…それだけだ」
簡素な説明。だが、クラウドルインズの事を知ったばかりの僕にはどうすれば良いのかさっぱり分からない。アルドをぶつけるって…具体的にってのはその部分をはっきり教えて欲しいって事なのだが。
と、僕の内心を読み取った父さんが説明してくれる。
「なーに、難しく考える必要はない。つまりは、自分のやり方で良いって彼は言っているだけだ。で、俺達に伝えられているクラウドルインズのアルドを武器とする方法は…もう分かるだろう?」
僕は腰に挿してある円筒へと手を伸ばす。
大樹を断ち切った光の刃、あれこそがクラウドルインズのアルドが形となったもので、それで斬り付けるという事が、ザルードの言ったアルドをぶつけるという事なのだろう。
「これで斬り付ければ、勝手にあの黒いアルドは中和されると?」
円筒を手に取り、父さんへと問い返す。
「だろうな。だが、奴を構成する全てのアルドを清めるとなると、ただ傷を負わせれば良いって訳じゃないだろう。何度も繰り返して…という事になると思うが…」
「でも、俺があの動きに付いていけるとは、思えないんだけど」
視線の先には、未だに打ち合いを続けている時雨と泥人形の姿が有る。
泥人形の方はともかく、時雨の方は疲れて動きが鈍ったりしないのだろうか。始めたばかりの頃と比べて、特に動きに変化が無い様に見える。
「そのために、イーストステアーズとクレセントムーンのサポートが要るんだろ。二人の協力が有れば、お前は最小限の予知で良い結果を出せるだろうさ」
確かに、周りに協力してくれる人が居るならば、予知する未来は自分に都合の良い未来の確率がぐっと高くなるはずだ。そうなれば、一度の予知で望む未来をつかみ取る事が出来るだろう。
実際、戦闘となったら良い未来が見えないからと言ってやり直している暇は無いので、何かしらを選ばなくてはいけないのだが。
「じゃあ星河、行こう」
ザルードの治療は終わったのか、いつの間にか星河は立ち上がっていた。
「うん、分かったよ。来夢さん、あとお願いします」
ザルードを支える来夢へとそう言い残すと、歩き出す星河。
僕も同じ様に、泥人形と戦い続けている時雨の方向へと足を踏み出す。
すると、視界の中で動きがあった。
それまで無かった時雨の声が聞こえて来る。
「イル・デ・ション!」
もう何度も聞いている時雨の紋手術を使う時の掛け声。
最初予知夢の中で聞いた時は不思議な呪文だと思ったが、自分もクラウドルインズを使える様になった今となっては、その言葉に意味は無いのだという事ははっきりと分かっている。
昨日、特訓の時に来夢が使っていた小さな風の刃も、今ザルードを治療していたクレセントムーンの力も紋章術の現れだし、僕の使う未来予知も光の刃も同様だ。
それらを使う時に何か呪文が必要か? 答えは否だ。
少なくとも僕が力を使う時は、能力を意識し、そこにアルドを込める。それだけでオッケーだ。
けれどもそれは、僕が使える力がまだ少ないからそう言っていられるのだろう。
本来、紋章術を使うのに呪文は必要ない。だから、時雨がいつも声に出しているのは時雨のオリジナルワードだ。
時雨は僕よりもずっと多くの種類の紋章術を使いこなしている。
そして、それを咄嗟に使い分けるためには、一つ一つに決まったキーワードを設定しておくというのは、有効な方法のだろう。
口にする言葉によって、数多ある紋章術の中から今使うべき紋章術を瞬時に確定させる……きっとそうに違いない。
でなければ、こう何度も時雨が呪文を叫んでいる事に説明が付かない。
父さんから説明を聞いた訳ではないが、僕はそう結論付ける。




