お使い
三章 秘密
本日は如月酒店の定休日。そんな訳で、今日は家に帰っても手伝うことは無いはずなのだが……。
「一輝、ちょっと日高さんの所に届け物持って行ってくれない?」
という、居間でテレビを見ながらの母親の言葉に迎えられることになった。
「えー何だよそれ? 今日は休みだから配達はないはずだろ」
当然の不満を漏らす。
「配達品じゃないのよ。それがねぇ、お父さんが昔日高さんから借りた物らしいんだけど、今日中に返さなきゃならないらしいのよ」
「借り物って…借りた張本人はどこ行ったんだよ!」
休みの日は大概家でごろごろしているくせに、息子に押し付けるとはどういう了見だ。
「昨日と同じでね、昼頃にまた行き先も告げずに出てっちゃったのよ。あ、それまではその借り物を探し出そうと、屋根裏でごそごそとやってたみたいなんだけどね」
結局、昨日夜遅くに帰ってきた父さんは、何処に行っていたかは口にしなかった。
夕飯の時に話には出たが、
「はっはっは、たまには父さんもふらっと街中を歩きたくなることもあるさ」
という風に笑って誤魔化していた。
まぁ、確かに父さんがどこに行ってようが興味はないし、母さんも特に追及しなかったからそのままであった。
そのくせ仕事は残して行くんだから、今日こそは何していたのか聞き出してやろう。二日連続なんて、流石に怪しいしな。
大体、出掛けるんならそのついでに星河の家くらい行けるだろうに。
「で、その返却物ってどれ?」
不満ばかり漏らしていても仕方ない。
言われたことをやっていなかったら、後でどんな目に会わされるか分かったもんじゃないんだから。
「一輝の部屋の机の上に置いてあるって。私は見てないからどんなのか分からないんだけど」
「は? 俺の部屋?」
何だそれは。母さんにも見せてないって、それじゃあ始めから僕に持って行かせる事が目的みたいじゃないか。
訳が分からないが、取り敢えず自室へと階段を上って行く。
部屋に入って鞄をベッドの脇に放り投げ、机の上に置いてある物を確認する。
「んん、これ…?」
そこにあったのは一つのシンプルなペンダント。
銀色のチェーンの先に、小さな鈍色の三日月型の石。石のはまっている土台も銀色という、アクセサリーにしては地味なデザインだ。
「これ、だよな? こんなもの机の上に置いた記憶はないし。でもペンダント? 父さんがこんなもの借りてたって、どういうことなんだろ…」
一応机の脇なども見てみるが、他に見覚えのないものは見当たらない。
母さんではなく僕に頼む位だから、どんな大荷物かと思ったらこんな小さなものだとは。
疑問には思ったが、楽ならまぁそれで良いや、とすぐにポケットへと無造作に入れ、部屋を出る。
星河の家までは、徒歩で一分も掛からない。こんなお使いさっさと終わらせてしまおう、と階段を駆け下りる。
「じゃ、母さん、行ってくる」
そう言って家を出ようとしたところで呼び止められる。
「ちょっと待って!」
「ん? 何?」
玄関へと顔を出した母親へと振り返る。
「言い忘れてたんだけど、そのお届け物、しゅうさんに渡さなきゃいけないってお父さん言ってたんだったわ。もし居なかったら今日は渡さなくて良いから、絶対直接渡さなきゃダメだって」
しゅうさん、というのは星河の父親の修司さんのことだ。
如月家と日高家は家族同士仲が良いので、母さんはそう親しみを込めて呼んでいる。
それにしても、母さんに頼まず、そしておじさん以外には渡しちゃ駄目って……物が物だけに何やら怪しいな。
「了解。おじさんが居なかったらそのまま帰ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
何やら変な事になりはしないだろうかと心配しながら、僕は家を後にした。