第99章 シンドウアルクは変われない ◆
鋼鉄の腕に掴まりながら、映画館の外に出た歩駆は驚愕する。綺麗な青空に浮かぶ茶色い雲に建物を囲むのは一面の草原、小川が流れているくらいで他に何もない。
「黒鐘……お前、喋れるのか?」
掌の歩駆は《ノアGアーク》に乗り込み、コクピットの中で彼女の呼んでみるが返事は無い。
「ここは現実だよな……」
空気も吸えるし風も吹いている。紛れもないリアルだ。
「居ないのか黒鐘。さっきのは何で」
あの映画は精神世界とリンクした物で、そこに機械であり〈ダイナムドライブ〉の力でアイルの意志が入り込んで呼び掛けてくれた、のかも知れない。
「一体……何なんだよ」
そんな映画の世界だが、映像で見た景色が外にあるようだ。
目と鼻の先に町らしき家やビルなどが並んでいるが、よく見ると道路に家の塀がハミ出ていたり、信号機が道の無い更地に建っていたりと配置が適当で不自然すぎた。
「帰ってきたのか……それとも、ここは地球じゃないのか?
「いいや、紛れもなく目的地“冥王星”さ」
背伸びをしながら、アルクは映画館の自動ドアに背もたれて《ノアGアーク》を見上げて言う。
「2006年、準惑星に降格された月よりも小さい天体……大層な名前なのにな。大気は窒素やメタン。とても人が住むには適さない環境だけど、イミテイトは緑の大地となり、清らかな水、美味い空気に変貌した…………これが偽物に見えるか歩駆!」
アルクの言う通り、一見すると本物そっくりだ。しかし、そこにある物、有機物も無機物も全て“赤いコア”が内部にあるのだった。
「所詮は模造なんじゃないかよ」
「だけど、イミテイトはそうする以外に無かった。遺伝子のせいさ、イミテイトは形を持たない。何かの真似をして、それを繰り返しながら宇宙を漂流したんだ」
アルクが指を鳴らすと町の方から《ゴーアルター》が飛んでやってきた。先程の映像とは違い、傷もなく黒い姿の《sinゴーアルター》である。
「ヒトってさぁ、これ以上に進化すると思うか? この形が完成形なんだよ。神を模した形こそが人類さ」
「おいおい、俺はそんな中二病になってた覚えは無いぞ」
「これは事実さ。その神が人類を作り、人類が巨大マシンSVを作った。でも人類がSVを作るのは下位の存在を生みたい訳じゃない。力が欲しいのさ、人の形を装った神にも等しい器……それがSVの最上位存在であるゴーアルターなんだよ」
アルクの体が宙に浮くと《sinゴーアルター》の胸部に吸い込まれていく。
「そんなマシンに乗る俺も、ヒトとして一つランクの上を行っているぞ!」
ゆっくりとコクピットに降り立って、思わず高笑いをするアルク。
「……何を思うかは勝手だけどよ、自分を神だ何だと言うヤツはな」
「負けフラグ。けど、それは敵方が言うからだ。このシンドウ・アルクはゴーアルターのパイロットだぞ? 敵はお前の方だッ!」
凪ぎ払う様に振った《sinゴーアルター》の指先からのビームの横一閃。左から右へ花咲く草原を削る光線を《ノアGアーク》はフル稼働させる〈ツイン・ダイナムドライブ〉の力で上昇しながら前へ、《sinゴーアルター》へと突撃する。
「文句も言わずに見てたじゃねーか。アレが、俺達の夢だよ! 皆から期待の眼差しで見られて、崇められて、誰もが羨む最高の」
「……それは、ゴーアルターに乗ってるからだろうがっ!」
振りかぶる《ノアGアーク》の輝き唸る豪腕が《sinゴーアルター》の顔面を打ち付ける。
「俺が乗ってやっているんだよッ!」
「そんなの俺自信が誉められてるじゃあないだろ! 巨大ロボットを持ったから、特別な力を手に入れた自分にだ!」
「貰ったものは俺んだろがッ! どう使おうと勝手だ!」
装甲から火花を散らして衝突する二体の鋼鉄の巨人。
「あんなの、ただのオタクの願望丸出しの俺ツエーしたクソ映画だっつーんだよ!」
吠える歩駆と大地を踏み締め、駆ける《ノアGアーク》の猛攻。接近しての格闘戦術は、歩駆の思った通りに手足が《sinゴーアルター》のボディを一発、二発、三発……と虹色の火花を散らしながら攻め続ける。
「いいじゃねぇーかよ、オタクの願望丸出しの何が悪いッ!!」
よろける《sinゴーアルター》の全身が閃光し爆発的なエネルギーを放った。緑の大地を、周りの建物を跡形もなく消し飛ばす。
「そんなの駄目に決まってんだろ!」
「何がいけない!? 何処がいけないッ!? どうしていけないッ!!」
すかざす《ノアGアーク》は後退、即座に〈フォトンバリアー〉を展開、衝撃波に備える。ビリビリと顔が痺れる様な感覚があるが、機体に異常は無かった。
「望んだんだよ…………それを誰よりも望んだのは俺達だろうが」
もくもくも黒い煙を上げながら、爆発で出来たクレーターの中心に赤黒く発光する《sinゴーアルター》が立っている。
「正直よぉ、俺だってわかんねぇんだ……。コレがイミテイトの記憶なのかシンドウアルクの妄想なのか。使命ってなんだ? 俺は何の為に戦っている? 外宇宙からの災厄? 神殺しの拳? こふぃんえっぐ? ナンダソリャ?」
アルクは意味不明な言葉をブツブツと呟いた。本当の自分が何者なのか分からないでいるのである。
「お前は俺の……闇だ」
「闇ぃ? バカ言っちゃあいけねぇーぜ、そんなもんで片付けるなよオイ! そんなん…………俺はな、光なんだ。お前が憧れて、理想とする自分で、全くの逆なんだからよッ!」
両機、ほぼ同じタイミングでフォトンのビームを放った。
「フォトンフラッシュ・メテオッ!!」
「名前叫べば強くなるわけがなーっ?!」
強さはほぼ互角で相殺される。ぶつかり弾けて、一帯に降り注ぐ粒子の中を《sinゴーアルター》と《ノアGアーク》が激突する。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うぉぉぉぉぁぁーッ!?」
体格で言えば、元の姿から変化して大柄に《sinゴーアルター》であるが、全長ならば《ノアGアーク》の方が細身であるが巨体だ。長い腕のリーチ差で《sinゴーアルター》の方が押し負ける。顔面にクリーンヒットして、ハリボテの町へと盛大に吹き飛んだ。
「……くっ、ふぅぅっ。お、押されてるだって?! このゴーアルターが……?!」
瓦礫の中を立ち上がる《sinゴーアルター》と動揺の汗をダラダラと流すアルク。目が霞み、レバーを握っている両手の力が甘くなる。
「居るんだろ? そこに、礼奈がっ!」
「居たから、どーだって言うんだよ……あぁ!? アイツが居ないと何も出来ないのかよ、お前はぁーッ!!」
叫ぶアルクと《sinゴーアルター》は《ノアGアーク》の腹部を蹴り上げ、離れるとフォトンの光弾を連射した。それに対して《ノアGアーク》の両掌を掲げて〈フォトンカノン〉のビームで光弾を一掃した。
「あぁ矮小だ」
急に気持ちが萎えるアルク。《sinゴーアルター》が纏う黒いモヤの様なオーラが萎んでいく。
「太陽系の果てまで来てよぉ、なんて小さい理由で戦ってるんだ俺達。盛り上がりも、へったくれもねえぜ」
「小さい……小さいって何だよ!?」
「もっとこう、ラストバトル感が無いっつーかぁ……こんなんでいいのか、ウダウダと喋りながらボコボコ殴りあってるんじゃねぇ……」
「負け惜しみを言ってっ!」
歩駆のレバーとペダルを握り、踏み込む力が強くなる。これで終わらせる、とばかりに〈ツイン・ダイナムドライブ〉のエネルギーレベルが上がっていく。
「なので、歩駆にピンチを与えようと思うッ!」
突然、地面が唸って揺れだし、風が土埃を舞い上げて周辺が見えなくなる程に吹き荒ぶ。レーダーの反応も悪くなり《ノアGアーク》は身構えた。
「何だ? 何が、起こっている?」
「これは仲間の力、俺の為に集まれ……」
呟くアルク。嵐の中、《sinゴーアルター》の紅い瞳が怪しく輝いた。その左右、下の方から紅い光点が地面から迫り上がってくるのを歩駆は確認した。
「フフ……見て驚くなよぉ」
そして、激しい嵐は一瞬にして消え去り《ノアGアーク》の前に二機のSVが忽然と現れた。
「ご、ゴーアルターが増えただって?!」
そのマシンは《sinゴーアルター》よりはサイズの小さい、くすんだ色をしている《ゴーアルター》の様なマシンだった。
『…………』
『……っ』
「変えることが出来ない、変わらないのなら一から作ればいい……その方が早かったりもする」
特徴としては額にある二本の角飾りが無く、顔もマスクをしていて、目のスリットからは光る目が一つある所謂“モノアイ”だ。
「どっちを選ぶと聞かれたら俺は両方を選ぶ。男にはそれだけの度量がなくちゃなぁ」
最初に動いたのは左の機体、ゆっくりと《ノアGアーク》の元へ近づいてくる。先行した一機の後を追うように、もう一機も遅れて駆け出す。
「これをネガ・ゴーアルターとでも名付けようか」
「くっ、卑怯な!」
その二つの中身を歩駆の目が確認して驚愕する。それはよく知っている人物だった。
「さぁ、俺達の敵を倒しに行こうか……マモル、礼奈」
二人の少女を従わせ、アルクは不敵に笑った。
『………………』
『……っ?』
何故か先に歩き出した《ネガ・ゴーアルター》は足を止め、くるりと向きを変えて走り出した。先に居る《sinゴーアルター》を見据えながら両手にフォトンのエネルギーを溜めている。
「おい、こっちじゃ……ッ!?」
アルクの言葉の途中、《ネガ・ゴーアルター》は溜めた力を《sinゴーアルター》に向けて解き放った。