第85章 史上最大の自作自演 ◆
レイナを失い、礼奈を取り戻した歩駆。
複雑な心境を胸に、歩駆は考える。
本当の敵は誰なのか、と……。
一週間が経つ。
日本は平和そのものだった。
各地で〈イミテイト〉による破壊活動があったにも関わらず、何事も無かったかの様に日常が続いている。
あの日、《ゴーアルター》の起こした力で暴走した〈イミテイト〉の軍団により破壊された建物、それ以前の戦闘により傷を負いゴーストタウンと化していた街も、何もかもが全て元通りに直っていたのだ。
それなのに人々の記憶からは〈イミテイト〉による出来事だけが消えて空白になってしまったが、その事も次第に誰も話題をしなくなっていった。
その間の出来事。
外宇宙の研究を行い、模造獣と戦闘をする特務機関IDEALの基地が統連軍に接収される。
初めは抵抗していたIDEAL職員達だったが、司令官の存在しない基地が落ちるのは容易く、瞬く間に牙城は崩れ去った。
基地に居た重要人物。
月影瑠璃。
タテノ・マモル。
シュウ・D・リューク。
この三人の消息は不明である。
「と、まあ現状こんな感じだァ」
旧・豊臣重工業の工場地下にある秘密研究所。
キャスター付きのイスに縄でグルグル巻き状態のヤマダ・アラシは、ここまでのおさらいを説明した。
この様な姿を晒しているのは無様に捕まってしまい縛られているからではない。自らを織田達に差し出して縛られてやっているのである。
「……少年は、どうしてるんかね?」
ヤマダはコーヒーを飲んでいる織田龍馬に問う。
「真道君は部屋で寝ている。あれから体調がよくない」
発見されたのは三日目の事。
その場所は現在、破棄され無人となっている地下鉄の線路に《Gアーク》が《JF》を庇うに覆い被さり、機能を停止させていた。
機体自体に目立った外傷は無く、パイロットの歩駆と《JF》の内部に眠っていた渚礼奈も無事だった。
が、礼奈は今も昏睡状態で目を覚ます気配は無い。歩駆は歩駆で気分が優れないからと部屋に籠りっきりだった。
それから次の日には別の放棄線路内で虹浦セイルの《ハレルヤ》も発見される。
「いい線いってんじゃないの、Gアークとか言うの。まぁゴーアルターに比べたら大した事は無いがなァ?」
「……そのゴーアルターだってお前が作ったん訳ではないだろ」
「あぁん?!」
「これ、止めないか! 味方同士で争っている場合じゃあないんだぞ」
一触即発のヤマダと龍馬を奥の部屋からきた中年の整備士、相見丁大が仲裁に入って止めた。
「味方ね……イミテイターに言われちゃあ、お仕舞いだァな」
「その事だが、被害に遭っていた街の人間を調べていたんだが……彼等からイミテイターの波長を感じない。呼び掛けてみても全くの無反応だった」
「あの暴れていた模造獣は人間に戻ったんです?」
と、龍馬が質問する。
「それは、わからん。だが、とても奇妙な……得体の知れない何かなのは確かだ」
「とーにかくだァ、全ては元通り! 人々は日常を取り戻したとさァ! めでたし、めでたしなりィ」
「良くないだろッ!」
怒鳴り声を上げたのは真道歩駆だった。すぐ後ろにはクロガネカイナも居る。
「何も終わってないッ! 気持ち悪さがあるだけだッ!」
苛立ちながらヤマダに詰め寄る歩駆。
「少年ンン、もう終わった事じゃなァい。物語はここで完け」
言い終わる前に歩駆の拳がヤマダの頬に入った。イスに縛られたままのヤマダが勢いよく壁まで吹き飛ぶ。
「元はと言えばお前が……お前が……ッ!」
感情的になり過ぎて、体を小刻みに震わせる歩駆の目から涙が溢れ出た。
「何で、礼奈をあんな風にした?! アンタは俺に何をさせようとしたッ!」
馬乗りになってヤマダを殴り続ける。ヤマダも黙って無抵抗に受け続けている。龍馬と相見が止めに入ろうとすると、それをクロガネカイナが立ち塞がり邪魔をした。
「待ってください。もうちょっと見ておきましょう」
何故か少し楽しそうさクロガネカイナ。しかし、彼女の思うような展開にはならず、歩駆はバテて殴るのを止めてしまった。
「ハァ……ハァ…………くっ」
「……止まって、見える…………なまっちょろいパンチだァ……けど!」
ヤマダは足の踏ん張りで起き上がり、歩駆に頭突きを食らわせる。
「お前だって邪魔をしなきゃあ全て上手くいったはずなのに、どうしてくれんだァ!?」
「逆ギレすんじゃねーよッ!!」
大喧嘩する二人の大声が部屋に響き渡る。これ以上、大した展開は無いと感じ取ったクロガネカイナが仲裁に入った。
「そこまでにしてください真道先輩……アラシも、ちゃんと話さないから悪いんですよ?」
「あァっ!? お前は、何だァ……何処のクロガネだよ? 今、起動してるのは二体のハズだぞ?」
「私を起動させたのは彼です」
そう言うとクロガネカイナの目が光り、空中に立体映像が投射される。
現れたのはメカニカルな仮面を装着した男、冴刃・トールだった。
『やぁ皆、元気かい? 今、自分は月に居る。シュウに撃墜されたが奇跡的に生きている。本来の狙い通り、月基地の中枢にやってきた』
「馬鹿なァ?! アソコに入るには決まった人間の認証が無ければ無理だァ!?」
『それにはヤマダと天涯……あと一人が必要になる。それがクローンアイル達だ。天涯司令に教えて貰った裏技さ』
「……実は私も解除キーになってんだけどな」
少し残念がる龍馬だった。
『そして、目的の品……原初のダイナムドライブ。十一年前、南極でイミテイトとの最初の戦闘で出来た結晶体。虹浦アイルが命懸けで精製した魂の塊だ』
「さっきから虹浦アイルって言ってるけど……誰?」
「アラシの奥さんです。私のモデルでもあり、ユングフラウと呼ばれている彼女の母」
「……結婚してたのか。しかも、ユングフラウなのか?! 似てなさすぎだろ」
『その原初のダイナムドライブを、基地から盗みだした鉄腕に組み込んだ……これを真道君に託したい。二つのダイナムドライブがあればイミテイターに勝てる。私も傷を直してから駆けつける、頑張ってくれ』
映像はここで途切れた。
「……イミテイター化した統連軍から逃亡してる間、ゴーアルターはもう一人のシンドウ先輩へと操縦者を代えた。と、同時にアラシはシンドウ先輩を監視する為に鉄腕シリーズを一体、監視に付けたから私はコチラの真道先輩を選びました」
映像投射を終えたクロガネカイナは目を瞬かせて、メンテナンスの目薬を両目に挿す。
「それにしても、見た目は十代だが虹浦アイルに面影がある。小学生の時にCD買った」
感心する織田はクロガネカイナをまじまじと見つめる。ここまで人間そっくりなアンドロイドはトヨトミインダストリーでは作れない。
「やらしい目で見るんじゃあなァい!」
「アラシ、貴方の趣味でこの姿で作ったんでしょ?」
「機械がァ……お前は、この天才の愛したアイルなんかじゃあない。本当の、アイルは」
「腰の左側に菱形のアザがある。右の白目の所に黒い模様、お医者様には問題ないと言われてるけど手術で取ると視力が落ちるし、何より『邪眼の様で格好いいんだよ』と……どうかな?」
クロガネカイナが言ったのはヤマダの身体的特徴と、昔から言っている口癖。この場に居る人間には知るよしもない事である。
「本当に……アイルなの?」
「魂は私の物。でも結局、これもイミテイターと同じ事よ。死んだ人間を生き返らせるべきではない」
「しかし、僕は君を……」
「約束、守れなかったね?」
その言葉にヤマダは意気消沈する。返す言葉は何もなかった。
「機械の体に宿ったこの命……今は真道先輩の為に使います」
クロガネカイナ──改め、アイル──は歩駆を引き連れて部屋を後にする。未だ縛られているヤマダは、隅に転がって一人さめざめと泣いた。
「時間が彼を変えたんですかね?」
薄暗い通路を突き進むアイルと歩駆。
見た目の割りに掃除が行き届いてるのは、円盤型の掃除ロボットが数台、床や壁に天井まで縦横無尽に行き来している。
『SVしか作ってない我が社の、今年一番の新製品ですわ』
と、織田竜花は鼻息を荒く語っていたが掃除用品には興味は無かったので歩駆は適当に相づちを打って聞き流していた。
「……なぁ黒鐘」
「はいな」
「俺は最低かな」
「何を今更、そうですよ?」
痛い所をズバリと言って退けるアイル。可愛い顔して毒を性格が歩駆はあまり好きではない。
「おいおいおい」
「言いたい事は分かります。好きな子と一緒に生きてる……それだけあれば人生十分ですよ。でも、彼女は死を選んだ」
「礼奈の魂がJFの中にある肉体に入っていたのは見えた。でも」
今は医務室でセイルと共に安静にしている。先に起きたセイルは体に異常は無かったので、礼奈の世話を任せているが一向に目を覚ます気配は無かった。
「彼女が目覚めないのは何故か? そんなの簡単ですよ」
「……」
「私が居たら貴方の為にならない」
「……」
「真道先輩、口では強がってますけど渚さんに頼りっきり……依存してる所がありますから」
「そう言う事なのか?」
「多分ね」
アイルは肩を竦めて微笑んだ。これが乙女の勘、と言う物なのかと歩駆は納得した。
「黒鐘は博士の嫁だったんだろ?」
「今回の事でちょっと失望したかな? 向こうがちゃんと反省してるなら……でも、それで簡単に償える事じゃないの」
悲しげに俯き思案するアイル。
「この戦いは人類とイミテイト側による自作自演だった」
急にアイルは立ち止まって、歩駆の方へ振り向き語り出す。
「人装神器。想像主たる神へ反抗する為、アラシと天涯、さっきの相見と言うイミテイターの三人が共謀して計画したプロジェクト。その為に作られたのがゴーアルター」
「行きなり壮大だな……アニメか」
「でもね、同じ計画の中にいながら別々に己の欲望を満たす為に分裂してしまった」
天涯無頼が死んで彼の真意は分からなくなってしまったが、少なくとも彼が悪い人間なのだと言う事は歩駆は最初から感じた。
「それで終わりなのか? この戦い」
「イミテイター側は、まだ計画を推し進めようとしている」
「もう一人の俺が、か。あの整備士のオッサンは?」
「ちなみに相見さんは味方よ? 少なくとも彼からは邪悪さは感じない。初めて私があった時と同じように人類側で居てくれて助かったわ」
歩駆は偶に会う程度でしか相見の事は知らないが、心を読めるアイルが言うならば間違いないのだろう。
「……これからどうするんだ?」
「イミテイター化したガードナー隊が現在、一番ので敵と言えるでしょう。統連軍は奴等によってコントロールされてます。本拠地の宇宙へ」
アイルの言葉を遮る様に地下の基地を揺れが襲った。
「敵が来てますよ真道先輩。相手は……」
草木が生い茂る森の中、防衛システムを掻い潜りやって来たのSVは量産型の《戦人》だ。
「ボクはアルクの為にやるよ。何だってやってやるから」
担ぐバズーカからプラズマ弾を発射して、最後の対空機関砲を破壊する。背後には破壊された発射台や無人SVが、いくつも煙を上げていた。
「……昔はここに就職したかったと思ってたのになぁ」
レーダーに熱源は関知されていない事を確認して、ヘルメットを脱いでドリンクを飲むタテノ・マモル。
安心したのも束の間、直ぐ様コクピットにけたたましい警報音が鳴る。
「まだいるか!?」
反応は小さい。大きさ的に熱源はSVのサイズではないが、こちらに高速で接近する物があった。
「映らないの……下かッ!?」
足元から飛び出して来た黒い物は紛う事なき人である。大きなチェンソーの様な武器を天高く振り上げた。
「侵入者は破壊する……っ!」
「に、兄さんッ!」
血の繋がりのある二人が、戦場で対峙する。