第80章 訪問者×3 ◆
早朝。ボサボサの髪の不機嫌な男が一人、階段を駆け上がって目的地へと急ぐ。
「おいおいおいおい、誰だよ誰なんだよアイツ出した奴ァー!?」
ヤマダ・アラシが声を荒げて司令室に入って来るなり、一番近くに居たオペレーターの胸ぐらに掴みかかった。
「あら、博士。しばらく見ない間に痩せましたか? 日を浴びた方が良いですよ?」
背後からヤマダの白衣の襟を引っ張りオペレーターから引き離した副司令、時任久音が微笑みながら言う。
「何で地下のアレを逃がしたァ!!」
「シュウ・D・リューグの事です? 基地内にいるじゃないですか」
「あれはァこの天才の実験材料なんだよ! 勝手な事をするなァ!」
「貴方のじゃなくIDEALの捕虜ですし……それに出してからもう一週間は経ってます」
まるで猫の首根っこを掴んでいるかの様に扱いをする、このニヤケ面がムカつく時任を殴ってやる、とヤマダが構えると同時に部屋のドアが開いた。
「……許可したのは俺だ」
低く唸る様な声を発したのはIDEALの司令官、天涯無頼だ。寝起きで機嫌が悪く、眉間のシワが何時も以上に深い。
「……人員の補強だ。無駄に寝かせるにはアレは惜しい人材だ」
「おぉン?! ちょいちょい、そりゃあねぇーんじゃないのかァ。この天才に任せられてるはずだろよ?」
「……SMと人形遊びに時間を割いてる暇があるなら計画を進めろ」
吐き捨てる様に言う天涯は自分の席に腰掛ける。
「……明後日の式典の打ち合わせで天草元帥閣下と話があるんだ」
天涯は上着のポケットから取り出した目薬を注しながら、顎で時任に指示する。
「ささ、お仕事の邪魔だからねぇ、あっちいきまちょうねぇ?」
「待てやァ! この天才を抜きでやるつもりじゃあないだろうな!?」
「……摘まみ出せ」
「はぁい、いい子でちゅからぁよしよーし」
お次は赤ちゃん言葉で馬鹿にする時任は、物凄い力でヤマダを引き摺りながら引っ張っていく。下着のシャツも掴んでいるので首がしまっているが、時任は気にせず進みヤマダを司令室の外へゴミを捨てるかの如く追い出した。
目の前で強化シャッターが降り司令室への入室は不可能になってしまう。
悔しさのあまり地団駄を踏むヤマダはシャッターに蹴りを入れ、唾を吐きかける。
あちらがそうするなら、こちらだって独自で動くしかない。
思考を巡らせながら、ヤマダは地下の研究所に戻った。
体の傷は偶に痛むぐらいで殆ど治っていると言うのに、虹浦セイルは会社の寮で軟禁生活を強いられていた。
初めの内は、ずっと休みでラッキーだ、と喜んでいたのだが流石に一歩も外に出してくれないとなると退屈で仕方がない。
通販で欲しい物は何でも買って貰えるが、ショッピングセンターで直に商品を手に取って試着したりアレコレ選びたいのである。
人気アイドルのトップを走っていたセイルが去年の秋に突然の引退になり、ネットでは様々な憶測が飛び交っている。
表向きの報道は社長とマネージャーの間に起きた喧嘩が原因。
その内容は事務所からの独立問題を巡る問題か、はたまた学業に専念したいセイルをマネージャーは許可したが社長がそれを許さなかったが結果的に引退になった説など。
実際の真実はセイルも知らない。
セイルにとって社長は育ての親、マネージャーは兄、事務所職員の全員が家族の様な存在だった。
そんな彼らが何処かよそよそしく感じる。無下にされている訳じゃないが、腫れ物扱いされ向こう側からコミュニケーションを取ることは無い。
退屈で死にそうな半年間であったが、それが明日で終わりを告げる。
とあるイベントでサプライズ的に復帰ライブを予定しているのだ。
久々の公の場で歌える喜びと言ったらない。
その日に備えてボイストレーニングをしたりと喉を万全の状態にしていた。
休憩タイムに三時のおやつを食べようとセイルが紅茶を淹れていると、ピンポーン、と部屋のチャイムが鳴った。
これは特に珍しくもなく、通販の配達物か職員が食事を持ってきてくれるかの二択だ。
インターホンのカメラを確認する。
「歩駆さんに礼奈さん……って誰?」
小さい画面に映っている三人の内、二人は──微妙に印象が変わったが──知っている人物。もう一人はセイルの知らない少女なのだが、
「ユングフラウ……じゃない。もっとお姉さんだ、この人」
誰かの面影があるが直ぐに思い出せない。
『もう、あーくんが駅地下できしめん食べてるから遅くなったじゃない!』
『何も食ってねーんだから良いだろがっ! お前だって売店の時間ロスが』
『はいはい二人とも騒がないでくださいよ。ここ他の芸能人も住んでるんですからね……あぁ何処か懐かしい』
彼らはどうやって入り込んだのか謎だが、怪しい人達ではないのを確かめたので、セイルは玄関へ向かい扉を開けた。
「……しーっ、皆さん近所迷惑です」
「おお、チミっ子が出てきたぞ」
「セイルちゃん久し振り。お土産のバナナういろう」
「取り敢えず入ってください……」
礼奈から紙袋を受け取り、セイルは三人を中へ招き入れた。
「ちょうどおやつにしようと思ってた所です。紅茶を出しますね」
「俺紅茶飲めない」
「あーくん!」
小さな丸いガラステーブルの周りを囲むように四人が座る。歩駆以外に紅茶の入ったカップが三つ配られ、セイルと礼奈が一口飲んだ。
「…………大丈夫なのか? 月での怪我、かなり大事だったろ」
最初に切り出したのは歩駆だ。月奪還作戦でセイルの《晴邪》はユングフラウの《パンツァーチャリオッツ》によって見るも無惨な状態にされた。
何故そうなったかはと言えば、あの場に居たガードナー側のSVのパイロットがセイルとよく似た存在だからだ。
「同じクローン体への臓器移植痕が見られますね」
小さなセイルの体をまじまじと観察しながらクロガネカイナが言う。
正体については歩駆も何となくそんな気がしていたが、人間のクローン技術が本当に可能になった、など一般的には不可能と言われている者が目の前にいるのが信じられなかったから言葉を濁してきた。そして、彼女らが敵であった為に殺したのだ。
「ん? ちょーと待ってくださいお姉さん。言ってる意味がわからないんですけどぉ……」
困惑するセイル。
「え? 待ってあーくん…………クローンって、何?」
礼奈も困惑した。これは単語の意味についてだ。
「はっきり言います。貴方は虹浦アイルが腹を痛めて生んだ実の娘ではありません。貴方はアイルのクローンなんです」
クロガネカイナが真っ直ぐに見つめるセイルは驚きを隠せなかった、
「…………か」
「「か?」」
「……隠し子、ってこと?!」
歩駆と礼奈がコケた。
「聞いてたのかよ、おい」
「えーとぉ、何か難しくてよくわからない……つまり?」
「つまりは虹浦アイルの遺伝子で人工子宮から産み出された存在。製造番号IDL1016……それが貴方」
「……」
俯くセイル。まだ十代前半の彼女には荷が重たいだろう、と心配する歩駆と礼奈だったが、意外にもセイルの表情は暗くない。
「でも、それって結局……虹浦アイルは私のママだよね?」
セイルがクロガネカイナの手を握って言う。
「ママの遺伝子はセイル埜中にあるもの。そうでしょ?」
「しかし、貴方を直接的に生んだわけでは……」
「代理で他の人に頼んで出産するとかあるの知ってるよ。そう言うのと同なじでしょ?」
「いや、それとは」
反論するクロガネカイナを歩駆が止める。
「もう良いじゃねーか、本人がそれで納得してるんだから。無理に否定する事もないだろ?」
「…………真道先輩が言うなら」
しゅんとするクロガネカイナ。その表情は何処か悲しげだった。
「ほら、皆そんな暗い顔しないで。さぁ、バナナういろう切ろう! セイルちゃん包丁を借りるね?」
冷めた紅茶を淹れ直して、四人分の紙皿に切ったバナナういろうを分けた。
「所で、今日ここに来たのはどうしてなんです? って言うか、どうやって入ったんです? って言うか、このお姉さん誰なんです!?」
口一杯に頬張りながらセイルが質問の応酬をする。
「来た理由……それはゴーアルターと戦う為に貴方のSV、ハレルヤをお貸しいただきたいのです。機体は改修され、この事務所の地下に保管されてるのはわかっています」
「戦う? ゴーアルターって歩駆さんのですよね? 歩駆さんが歩駆さんのロボットと戦う?」
「それについては話せば非常に長くなるからスルーしてくれ」
「でもハレルヤ、ここには無いですよ?」
「……え?」
セイルの一言に歩駆とクロガネカイナは耳を疑う。
「昨日、整備にってトヨトミに持ってっちゃったって」
時、既に遅し。まさかの入れ違いに三人は無駄足を踏んだ。
ここはトヨトミインダストリー、関係者しか入る事が出来ない秘密工作場。
「やられた、フェイクだ。これはただのプラズマ式ドライブだ」
ピンク色の機体、《晴邪》の内部を分解しながら、織田龍馬が落胆の声を上げる。
「おかしいと思ったんだ。IDEALの手が掛かった事務所なのに、あっさりとSVを引き渡すんだから」
「それじゃあダメですのよ! 歩駆様の機体にはダイナムドライブじゃないと!」
妹、竜花も悔しさでハンカチを噛んだ。と言うよりも完全な犯罪行為だと言うのには気にもしていない。
「そもそも何で竜華、こんな機体を作ったんだ?! しかも、こいつには我が社の次期新型マシンの技術が」
「兄様に言われたくはありませんわ! 自分だって月影殿に~って作ってたじゃありませんか!?」
「い、戦崇はIDEALからの発注だからだ。竜華とアレとは違うぞ!」
龍馬が指差すSVが固定されたハンガーには、傷一つない新品で真っ白いSVがあった。何処と無く姿は《ゴーアルター》に似ている。
「なんやかんや言って兄様も手伝ってくれましたね?」
「IDEALの連中に一泡吹かせたいってのもあるからな……しかし、今のままでは決定打に欠ける。どうしたものか、朝には会場へ搬送しなきゃならんのに」
兄妹の目論みは見事に崩れ去る。
「お困りですか?」
二人同じポーズで膝を着き嘆いていると、一人の男がやって来た。
「「不審者だ」」
黒のスーツを身に纏うまではいい、問題は仮面だ。口以外の顔が全部隠れているメカニカルなマスクを付けている。
「おい、どっから入ったお前! 何だそれは?」
「まぁまぁまぁ、知らない仲じゃ無いんだから落ち着いてください。これはMIGで日常の一つ二つの動作を助ける……ってそんな事はどうでもいいんですよ、こっちは情報を持ってきたんだ」
やたら長い台詞の男は一枚のディスクを龍馬に手渡す。
「ゴーアルターのデータをコピーしたものだ。それで急ぎ完成させるがいいぞ、日本は戦場になる」
「どういう事ですの……?」
「あと、ダイナムドライブはここに向かっている。移植の準備をしておくんだ……それじゃあ」
人差し指と中指を額に当て、別れの挨拶ポーズをすると男は去っていった。
「あの人、もしかして……兄様」
「わかってる」
先ずは警備員に通報して、龍馬と竜華は受け取ったディスクを元に新型SVの最終チェックに入った。