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人装神器ゴーアルター  作者: 靖乃椎子
≪第八話 IDEALの日常≫
45/118

第45章 午前6時《密会、アルクとフラウ》

 朝。

 太陽が目映い光を放ちながら東の海から登り始める。

 ユングフラウは記憶の中にある“何か”を頼りに基地内を徘徊していた。

 さっきまで“何か”を思い出せていたのにも関わらず、それは急に消えてしまっている。

 ほとんど裸に近い格好で壁に寄り沿いながらフラフラ歩く少女を、すれ違う清掃員が驚いていた。


「自分は何者なのだ……」

 ユングフラウ。

 意味は、ドイツ語で《乙女》を意味する。

 とても傷だらけの体な自分には相応しくない名前だ、と少女は常に思っていた。

 名付けたのは捨て子である少女を育ての親である中東出身の養父。反政府のレジスタンスである彼が何故そんな名前を付けたのか疑問だ。

 その養父は今……。


「くっ……駄目だ。思い出せない」

 中東時代からIDEALに来てまでの記憶が、すっぽりと抜けてしまっている。どうして最近まで気にならなかったのか疑問なくらいだ。

 そもそも、どういう経緯で配属されたすら酷く曖昧である。


「統合連合陸軍少尉……いや自分はレジスタンスのハズだ」

 考えれば考えるほど頭が掻き回される様や感覚に陥り、頭痛がする。

 気が付けばパイロット宿舎、自分の部屋の前に戻っていた。

 この部屋のドアだけ他のドアと比べるみると妙に新しい。

 色合いが少し違うし、ノブやキーの差し込み口も非常に頑丈そうな作りになっている。

 これは頼んだわけではなく自室として使ってくれ、と案内された時からそうなっていたのだ。

 ユングフラウはドアノブに手を掛ける。


「…………違う」

 不思議とそう思ったのは何故だろうか。

 自室へ帰ってきたのは間違いないのにである。


「お、おい」

 不意な声と肩を捕まれ、驚きのあまり飛び上がる。それに乗じてユングフラウは、すかさず右手をピースの指で背後の人間の目に突きつけた。


「待て待て待てッ! 俺俺俺ッ!」

「……真道歩駆か」

 目を真っ赤に充血させ、その下に真っ黒の隈を作り、顔が真っ青な酷い顔の歩駆である。


「何をしている?」

「こっちが聞きたい。下着姿で朝っぱらから……キーが部屋の中にあって入れないのか」

 ここの部屋の鍵は施錠せずに五分過ぎると自動的にロックされる仕組みになっているのだ。


「キーは……風呂に置いてきた」

「フロ? じゃあ風邪引くな。そこでちょっと待ってろよ!」

 そう言って歩駆は自分の部屋へ走ると、一分も掛からず戻ってきた。


「とりあえずコレを着ろ。大きいかも知れないけどな」

「これはなんだ」

「学ランだ、俺の。冬場はここの制服よりも暖かいぞ。やっぱ学ランは学生の戦闘服だよな?」

 意味はわからなかったがユングフラウの中で、この黒で戦闘服と言う言葉に引っ掛かりを感じた。


「なぁ、腹減らねぇ? 今から俺と冴刃さんの分の朝飯作るんだけど食う?」

「目が赤いぞ、朝まで訓練でもしてたのか」

「んー? まぁな。戦闘の……そう、戦闘の映像を、な?」


「やっと四分の三をぶっ遠しで見終わって流石に菓子だけじゃ腹膨れないからさ。食堂はまだやってないし売店で色々買って調理するんだ」

 言われてみれば、そこはかとなく空腹感がある。ユングフラウは歩駆の誘いに着いていく事にした。


 売店、某有名コンビニのIDEAL支店で食材を買った二人はパイロット宿舎の中にある給湯室へ向かった。

 四畳半程度の広さでコンロやレンジ、食器棚や冷蔵庫に炊飯器などが置かれている。


「人が作ったのも悪くいんだけど、自分で作り自分で食うっつーのが良いんだよね。この部屋は俺が頼んで揃えてもらってさ」

「一体、何を作る気なんだ?」

「チャーハン」

 ユングフラウをパイプ椅子に座らせ、歩駆は必要な材料をまな板の上に並べ軽快なリズムで細かく刻んでいく。


「レンジにご飯入ってるっしょ? 取って」

「ん? 冷めてるが、これでいいのか?」

「いいのいいの。冷めてる方がパラパラになりやすい」

 ユングフラウから冷やご飯が入ったボウルを受け取り、その中に馴れた手つきで卵を片手で割り入れていくと、菜箸でまんべんなくかき混ぜた。


「ご飯と卵を混ぜておく。TKGたまごかけごはんにする。これもパラパラにする秘訣」

「TKG? 兵器の略称か?」

 混ぜ終わったらフライパンを下の戸棚から取り出し、コンロに置いて火を着ける。


「油を引いて、そこにバターも加えるぞ……多目が好ましい」

「カロリーがスゴいだろうな?」

「それで、温まってきたら刻んだニンニクとネギを炒める。油に香りを付けます」

 フライパンを斜めにして油を下に溜めながら、軽く焦げ目が付くまで揚げるよう炒めると同じく刻んだウィンナーも投入する。


「さっきから火が強くないのか?」

「中華は火が命だからな。本物に近づけるためには普通のコンロじゃ火力が足りないので強火。そして、TKG!」

 ボウルの中の卵かけご飯をフライパンに投入する。玉にならない様にヘラで切るように炒めた具とご飯を手早く混ぜていく。


「お次に乾燥の小エビちゃんと、ほぐしたカニカマも入れるぞ」

「蟹!?」

 カニと言う言葉を聴いてユングフラウがイスから立ち上がり、歩駆に脇腹に寄り添いながら覗き込んだ。

 ご飯と具材が均等に混ざる様にフライパンを豪快に降る。打ち寄せる波の様に舞うご飯にエビとカニカマの赤が鮮やかだ。


「塩コショウ、味の友をパラパラーっと」

 高い位置から調味料を振りかけ、また混ぜる。

 歩駆は確認の為ここで味見をした。


「うーん……醤油足すか」

 味を整える為にフライパンの縁に少量垂らすと、ジュワっと言う音と醤油の良い香りがしてきた。

 最後、一口味見。納得の行く味になったので火を止め、食器棚から皿とレンゲを三つ取り出してチャーハンを盛り付けていく。


「ほい完成。食え!」

 出来上がったものを歩駆は差し出す。それをユングフラウ黙って受け取ると、まずは匂いを嗅いだ。

 焦げた醤油とニンニクの香りが食欲をそそる。レンゲで一掬い、口に運んだ。


「普通……旨い」

 繊細さは無い。男が作った荒々しい料理だ。しかし、ご飯のパラパラ感や炒め具合は平均点を越えている、とユングフラウは個人的に思った。


「真道歩駆、聞きたい事がある」

「待て、先に食わせてくれ」

 口の中に目一杯入れて食らいつく歩駆。余程、お腹が空いている様だった。


「食いながらでいい、お前の戦う理由は何だ?」

「んぐ……出た、よくあるパターンの奴」

「茶化すんじゃない。真面目に答えろ」

 米をよく噛み締めながら歩駆は考えた。


「そうだな……半年近くになるけど、余計にわからんくなってきた」

「わからん、だと? どういう事だ」

「最後に模造獣イミテイターと戦った後から、夢の中で俺の幼馴染みがずっと言ってくるんだよ。もう戦わなくていい、ってさ」

 あの戦いの終わり、渚礼奈は突然倒れてしまった。

 近くの病院に担ぎ込まれ三日後には意識を取り戻したらしいのだが歩駆は会いに行かなかった。

 心配してないわけではないが、もし礼奈の側にずっと居たらそのまま《ゴーアルター》から下ろされるのではないか、と思ってしまい恐怖だったのだ。

 実際、日本での模造獣イミテイターによる被害は激減。わざわざ《ゴーアルター》が出ていくまでもないほどに弱体化しているので海外に出向くかを検討中なのだ。

 そんな中、しばしば夢で礼奈が出てきて歩駆に戦いを止めるよう説得してくるのである。演習なので《ゴーアルター》に乗った日の夜は必ずと言っていい程に礼奈は夢に現れるので、最近は搭乗する事も躊躇ってしまう。


「でも、お前はIDEALに居る」

「今日ずっとアニメ見ててさ、俺はバンカインの様には馴れないんだって思った。正義のヒーローってのは皆が憧れてくれなきゃダメなんだよ」

「よく言っている事が理解出来ないんだが?」

「…………もう一つ理由を言うとな、居場所がさ、無いんだ」

 歩駆のレンゲの手が止まる。


「家に居ても学校に居ても、俺個人の力とか発言力って余りにも弱かった。今更、戻った所で変わる事なんて無い」

「日々鍛えているのだろう? だったら、それを活かした事をすればいい」

「それにしたって部活に本気で打ち込んでる奴には敵わないさ。中途半端を晒して元の灰色の学園生活に逆戻りさ」

「お前は……変わる気があるのか?」

「正直、俺自身は根本的に変わってないのかもしれない。自分を取り巻く環境に必死で着いていくのがやっとだ」

 残り半分を一気に掻き込み、冷蔵庫から出したオレンジジュースで流し込む。


「ごちそうさま! でもなユングフラウよ、ゴーアルターに乗ってる事の責任感を放棄してる訳じゃないんだぞ? 前みたいに引き籠って皆に迷惑を掛ける事はしない」

「……そうか」

模造獣イミテイターの残りを全部倒さなきゃいけないしな。少なくとも今は、ゴーアルターに乗ってやる。だけど、いつかは…………」

 何かを言いかけた歩駆だったが、言葉を飲み込んで自分の食事した皿やフライパン、まな板をシンクに入れて洗い物を始めた。


「質問はまだある」

 食べ終えた皿を歩駆に渡しながらユングフラウは言った。


「この組織の中に敵のスパイがいる」

「急にトンでもない事を言うな。何か悩みか?」

 食器を洗う手を止め、歩駆は向き合った。


「IDEALは危険な組織だ。道を踏み外せば人類を破滅に向かわせる」

「まぁな、トヨトミの兄妹からも聞かされたよ。それを聞こうと博士を探してるんだが中々捕まらない。一発殴ってやるんだ」

「そして、コイツも!」

 ユングフラウはラップが掛けられたチャーハンの皿を床に叩きつけようと持ち上げるが、歩駆に阻止される。


「おいおいおい! そいつは冴刃さんのだぞ?! 何しようとした!?」

「その冴刃の事だ……奴らは危険な存在なのだ」




 マモルは冴刃の部屋を訪れていた。

 深夜の癇癪で暴れて出ていったのを謝る為に来たのだったが。


「いない?」

「あぁ朝ごはんを待ってるんだけどなぁ」

 大きく腹を鳴らしてズレたマスクを直す男、冴刃は言う。


「眠気と食い気のダブルパンチで辛い……」

 何処へ言ったのかマモルが聞こうとすると、廊下の向こうから二つの走る音が聞こえていた。


「あ、歩駆君。私の朝は」

 走ってきた二人組、歩駆とユングフラウは一瞬だけ冴刃を睨んだかと思うと、そのまま止まりもしないで去っていった。


「私の朝は……?」

「アルク」

 マモルは、その一瞬を見逃さなかった。

 走っていくユングフラウが歩駆と手を繋いでいたのを。

 二人の光景を見て、マモルの中で何かが弾ける嫌な音がした……。



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