第100章 少年の夢を砕く一撃 ◆
何が起こっているのかアルクには分からなかった。きっとこれは自分の中にある甘えがそうさせたのだ、と思うことにする。
「調整不足か何なのか、ムービーにも想定してないノイズがあったな。あの時、敢えてお前を消さずに連れてきたのは歩駆を誘き寄せる為の餌にだ……それが」
煙を吹く胸部装甲を撫でると《ゴーアルター》は、一瞬にして数十メートル先の《ネガ・ゴーアルター》に距離を詰め、頭部を黒い豪腕で地にねじ伏せさせた。
「何様だっつーんだよ、あぁ礼奈ッ!?」
「その手を退けろ、ゴーアルター!!」
その光景を見て即座に飛び出す歩駆の《ノアGアーク》の前に、もう一体目の《ネガ・ゴーアルター》が目の前に立ち塞がる。
『……アルク、ボクは』
「退けよ、マモルっ! 退かねえとぉ……っ」
放たれるプレッシャーに気圧される《ネガ・ゴーアルター》のパイロットであるマモルだったが、機体は逆になる《ノアGアーク》へと向かい手を広げた。
『き、機体が……勝手にっ?!』
「俺を守れよマモルぅ。こっちは仕置きが必要だからな」
『そんな、む、無茶な』
「退けぇぇぇぇぇぇぇーっ!!」
防御もままならないまま、猛スピードで低空を滑空《ノアGアーク》に成す術もなく《ネガ・ゴーアルター》は跳ねられ宙を舞う。
「その手を退けろ、ゴーアルターっ!」
「守る者があるって弱点だよなぁ歩駆ゥゥゥーッ!!」
首だけ振り向いた《sinゴーアルター》の眼から熱線が吹き出す。正面からの鋭い一撃を《ノアGアーク》は右掌で受け止める。意識を集中させたフォトンの障壁を容易く突破し、赤いレーザーが肩まで貫通して彼方へ消えていく。
「まだ、まだ行けるっ!!」
歩駆は右腕へエネルギーを送り込む。機能不全に陥る前に思いきり振りかぶった。
「パルムインパクト、発射っ!!」
全スラスターを展開させ、右腕を射出する。自動で回転を掛けながら勢い増して加速していった。再び眼部からのレーザーを撃ち込む《ゴーアルター》だったが、薄いフォトンのバリアに超高速で回転する拳の前に弾かれている。下に押さえつけている《ネガ・ゴーアルター》から離れられないので、《sinゴーアルター》はまともにボディへと受けて、後方へ吹き飛ぶと共に腕の耐久力が無くなって盛大に爆発する。
「や、やった……礼奈!?」
黒い煙と爆炎が立ち込める中、歩駆の《ノアGアーク》はぐったりと倒れている《ネガ・ゴーアルター》に近寄った。が、それは罠だった。
「礼奈っ?!」
『……』
手を貸そうと伸ばした左手が突如、切断された。《ネガ・ゴーアルター》の腕からはいつの間にか鋭利な剣が生えている。何が何だかもたついている内に《ネガ・ゴーアルター》は更に《ノアGアーク》の左腕を肩部装甲ごと切り離してバラバラにされた。
「だから言ったろ。守る者があるのは弱点だなぁ……って」
煙を掻き分け《sinゴーアルター》が現れる。胸部にヒビが入り、中のアルクが見えるほどに砕かれていたが、徐々に修復されている。
「さすがに直るのは時間が掛かる。だが、この分だとアルクがやられるのが早いよなァ? 良いだろ? 好きな女の手で逝けるんだ。礼奈もさぞ鬱憤が溜まってるだろうし丁度いいな……アハハ」
『……』
勝利が確定した事にアルクは指を差して笑う。
バランスが悪くなり《ノアGアーク》は膝立ちの状態で《ネガ・ゴーアルター》を見る。中に礼奈の魂を感じられるが、その心は《ネガ・ゴーアルター》と言う鎧で覆われ、意のままに操られる人形だった。それなのに今の歩駆にはどうする事も出来なかった。
「さぁトドメだ、真っ二つの開きにしてやれネガ・ゴーアルター!」
絶体絶命、万事休す。このままやられるしかないのか、と目を伏せ考えていたそんな時だった。
『何やってんですか真道先輩』
コクピットに響く声に顔を上げた。
『最後ですよ。これが本当に最後ですからね』
「黒鐘? やっぱり喋れるのか?」
『いいえ、これで正真正銘のさよならですよ……Gアーク発進!』
アイルは困惑する歩駆を無視して進める。警報音が鳴り響き《ノアGアーク》が高くジャンプする。機体前面、胸部から腰部にかけての装甲が一斉に開いて、中から《Gアーク》がマトリョーシカの如く現れ、外に飛び出した。
『マモルくんもどうしたいのかはっきり決めなさい! そして、礼奈さん……今解放してあげます』
落下する様に飛ぶ《Gアーク》が立ち尽くす《ネガ・ゴーアルター》を抱えて直ぐに急速上昇。ぐんぐんと加速しているが《Gアーク》はまるで子供をあやすように《ネガ・ゴーアルター》をしっかりと掴んでいる。
『きっと彼女の元へ送り届けます……ですから、安心してくださいね』
「逃げるつもりかッ!? そうさせねぇ!!」
後を《sinゴーアルター》が追うが、アイルの狙いは違った。
段々と濁りつつある冥王星の空を、目も開けられないほどの虹色の強烈な閃光が包む。二機は自爆したのだ。一瞬だけ写った様に見えたアイルと礼奈の姿が脳裏に焼き付きいて離れない。
それはアルクの方も一緒だった。
「は…………え? …………あ、あぁ……」
思い出すのは最初にゴーアルターへ乗った時の事である。あの時の衝撃は今でも忘れられない。礼奈を失ってしまった悲しみは何よりも耐え難かった。そして、歩駆にとっては《Gアーク》に初めて時と合わせれば三度目である。
これらは全て彼女らの決意なのだ。自分の為に命を擲ってくれている、常人には簡単に出来ない行為をやってのけている。それに応えなければいけない。
「ゴーアルター!!」
腕が無くなっても体がある、と《ノアGアーク》は無茶苦茶な速度で《sinゴーアルター》に突っ込む。
「俺は、信じているんだぞ!」
「バカがッ! ありゃ間違いなく自爆! 完全に消滅……消えちまったんだぞ、礼奈がァーッ?!」
「消えねえよ。そう簡単に消えるもんかよっ!」
力なく、だらりとする《ゴーアルター》に頭突きしながら体ごと衝突し、《ノアGアーク》はそのまま大気圏外まで舞い上がる。
「ちっ…………な、何……でだ? 動け、動けよゴーアルター!?」
ここに来てアルクに焦りが見えた。主人の言うことを聞かず《sinゴーアルター》は何も反応をしなくなった。歩駆からも《sinゴーアルター》の〈ダイナムドライブ〉がエネルギーを弱まっているのを感じた。
眼下を眺めると《sinゴーアルター》が離れたせいなのか町と緑の地面が周りの茶色に混ざっていき、完全に消え去り元の冥王星に戻っていくのがわかった。
「往生際が悪いぞ。今の俺は本気なんだからな、お前っ! 」
「何でだ、何でだよゴーアルター……俺は選んだんだぞ、俺がお前のパイロットなんだぞ!? それなのに俺が、俺がァァァーッ!」
「本気だと言ってるだろがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
機体の中の〈ダイナムドライブ〉は一つしか無いのに《ノアGアーク》の力は止めどなく上昇する。溢れ出る爆発的なエネルギーとなってぶつかり《sinゴーアルター》の装甲を破壊して彼方へと吹き飛ばす。中のアルクは光る球体に身を包み、断末魔の様な大きく叫び声を上げて飛び出していく。
「はぁ……はぁ…………ふぅ……っ」
沈黙する二機。歩駆は力を出し切って満身創痍だった。
「色が、戻っていく……元に?」
巨大隕石に埋まって大の字になる《sinゴーアルター》は元の《ゴーアルター》の大きさに収縮、そして純白なカラーに変化していった。パイロットが居なくなって力を無くしたのか、と《ノアGアーク》は近付いてみる。
「……うわっ何だ?! こいつ勝手に」
ガシッ、と急に動き出した《ゴーアルター》に《ノアGアーク》はボディを掴まれる。腕を失ってしまったので抵抗できず、《ゴーアルター》は《Gアーク》が収納されていたスペースを開いて中に手を伸ばし始める。
「一体、何を……する気なんだ?」
まるで服を着るかの様に《ゴーアルター》が無理矢理に抉じ開けて内部に入ってくる。この《ノアGアーク》は完全な機械だと言うのに、破壊されている感覚は無く《ゴーアルター》の身体用に作り替えられ自然にフィット、融合を果たしていた。コクピットも歩駆がよく知る《ゴーアルター》の内部に一瞬にして変わっていた。
「…………許さねぇ。許されるものかよ……」
頭に直接響いてくるアルクの声。何処に要るのかはわからない。
「ずりぃんだよ……自分だけの特別なSV貰っておいて、俺からゴーアルターまで奪う気かよッ!」
強い殺気を感じて振り替える。冥王星をバックにアルクが凄まじい表情で睨みながら宙に浮かんでいた。
「もう終わったぞ。お前の負けだ」
「まだ終わっちゃあいないッ! お前らァ、さっさと来いッ!!」
冥王星からアルクに集まる無数の赤い光。それは偽物の街を作っていたイミテイトであった。
「創造してやる、俺だけの最高のロボットを……誰にも負けない最強のロボット……もうバカになんてされない…………さい……」
「終わろう。無理なんだよ、変われっこない。ゴーアルターもそう言ってる」
「終わるもんかッ! 終わってたまるかッ!! まだ続けてやる、俺の物語はこれからなんだよ!!」
「変わろう」
「変わりたくない……俺は俺だッ!」
イミテイトの塊は人型を形成していく。だが、アルクの考えは纏まらず固まっては崩し、固まっては崩しを繰り返すだけだった。
これが自分の成れの果てなんだ、と歩駆は思うと悲しくなる。
全て終わらせよう、そう決心した。
「これがダイナムアビリティのレベル7……」
紐解かれた《ゴーアルター》最後の力。それは少年の夢を打ち砕くシンの一撃。
「止めろ、止めてくれ……止、め、ろォォォォォォォォォォーッ!!」
「アメイジング・ブレイク」