5話「人間」
霧の中で狩りを続けていた知性ある骸骨はある足音を聞き取った。
それは骸骨が立てるような硬質な音ではない。ジャリジャリと何か衝撃を吸収するようなものが地面を踏みしめているような音だ。
そう、まるで靴を履いた何かが歩いているような。
(…………)
知性ある骸骨は霧に包まれてよく見えない視界を精一杯こらして足音の聞こえる方向を見た。
深い霧の中薄ぼんやりと光を放っているところがある。
知性ある骸骨はそれが何かがわからない。しかし、なんとなく嫌な気配がしたので身を隠すことにした。
今までの相手とは何かが違う、と考えながら。
やがてその足音を出していた者たちが姿を現した。
「霧濃いな~。全く、視界が奪われて厄介だな」
「そうですね。しかもここの霧は特別で魔力が遮られてしまうので魔力探知もあまり役に立たないんですよ。全くもって厄介です」
「まあまあ、そんなこと言わずに真面目にやろうや。骸骨だからって舐めたらあかんって」
「…………無駄なお喋りはやめろ。もうここは敵地だぞ」
やってきた人物は男の四人組。三人が鎧などを着て防御を固めてるのに対し、一人だけ軽装のやつがいる。おそらく魔術師だろう。
しかし、そんなことは知性ある骸骨にはわからない。防具などは骸骨の時も着けているものを知っているためわかるのだが、あいにく魔術師は知らないのだ。故に魔法の存在も知らない。このことから知性ある骸骨は、あの人だけ仲間はずれにされているのかな? などと考えていた。
知性ある骸骨は考える。あれなら倒せるか、いやでも先ほど調子に乗って危うく返り討ちになりそうなところだったじゃないか、でも強くなった今なら、いや相手は未知の敵だ。
そんな風にグルグルと知性ある骸骨が思考を巡らせていると四人組は何かを発見したようだ。
知性ある骸骨も視線をそちらへと向ける。
そこには一体の骸骨がいた。しかし、周りには赤茶けた土に墓石があるこの場所には似合わない緑色の草。
骸骨軍団だ。
四人組は静かに剣や杖を構える。
そしてロ―ブの男が口を開いた。
「【聖球《ホ―リ―ボ―ル》】」
突如現れる眩い光の球。知性ある骸骨はそれを見て不快感を抱く。
ロ―ブを着た男は頭上に作ったその球に向けていた手のひらを骸骨軍団へと向ける。
光の球は手の動きと連動するように動き、途中で離れ骸骨へと真っ直ぐ飛んで行った。
骸骨はようやく敵対行動とみなし、かわそうとするが、遅い。
光の球は骸骨の頭にぶつかり――――次の瞬間光が強くなり、気付けば骸骨の首から上がなくなっていた。
知性ある骸骨はその光景を見てゾッとする。
あれはまさしく自分の天敵だ、と。
知性ある骸骨がこのように戦慄している頃、骸骨軍団は一斉に立ち上がり攻撃を開始していた。
しかし…………
「んだよ、弱すぎだな」
「まあ骸骨軍団ですからね。こんなもんでしょ」
知性ある骸骨は絶句した。
総勢二十体いた骸骨軍団が瞬く間にやられてしまったためだ。
前衛の剣士が剣を振るえば骨が砕け、骸骨軍団の攻撃は軽々と避けられ、囲んでも傷一つ負わせれなかった。
知性ある骸骨は墓石の裏に隠れたまんま身動き一つしない。いやできなかった。まるで屍のように。いや、骨だが……
しかし、冒険者たちのある会話に反応してピクリと震えた。
「おい、なんかそこの墓石から微かな魔力を感じるぞ」
知性ある骸骨は背骨を凍らされたかのような錯覚に陥った。
え? 来る? あのめっちゃ強い奴らが?
知性ある骸骨は両手にある武器を見る。
どちらも非常に頼りないものだ。これであいつらと戦えるとは思えない。
どうしよう……
知性ある骸骨はパニックに陥り、周りが見えなくなった。
その間にもロ―ブを着た冒険者は近づいて来ており、知性ある骸骨の命の蝋燭は吹き消されようとしている。
そして、冒険者は墓石を覗いた。なんとも無用心な覗き方から彼がまだ冒険者になってヒヨっ子なんだと分かる。
知性ある骸骨は冒険者が覗いたところでようやく今の状況を理解した。
「ん? これはただの屍か? 骸骨ならこれだけ近づいても襲わないのはおかしいし……」
冒険者は、固まったまま動かない知性ある骸骨をただの屍か、はたまた骸骨か、判断しかねている。このまま動かなかったら見逃してもらえるかもしれない。
しかし、知性ある骸骨はパニック状態に陥っておりそんなこと考えることが出来なかった。
気付けば知性ある骸骨の剣がロ―ブ男の腹部を貫いていた。
「っくは! な、なに、が……」
知性ある骸骨は自分が何をしたのか分からず呆然としていた。剣を伝って魔力が流れて来ていることも気付かずに。
しかし、ロ―ブ男の言葉で、はっ、と我に返る。
「ほ、【聖球《ホ―リ―ボ―ル》】……」
知性ある骸骨はすぐさま剣を抜きながらその場を飛び退いた。
ロ―ブ男の腹から血が噴き出す。地面が血に濡れると同時に眩い光の球が地面に当たって弾けた。
「おい! どうした?!」
ローブが攻撃されたと分かった仲間は、すぐにローブへと駆け寄って行った。
彼らは墓石から飛び出してきた骸骨を警戒しながら刺されたローブと知性ある骸骨の間に割って入る。
「大丈夫か?!」
「グフッ……」
一人が倒れたローブを仰向けにして声をかけるが、瀕死状態のローブは血を吐くことしか出来ない。
残りの二人は間に入って剣を構える。仲間がやられたからか、今頃になって本気の表情になっている。
そんな殺気と警戒心マックスの彼らを前にして知性ある骸骨はどうしているかというと――
なんだ、これ?
――困惑していた。
自身を包む薄い真っ黒な靄。霧のせいで相手から気付かれないほどの薄さだが、すぐそばの知性ある骸骨には分かる。
だから困惑していた。
これは何なのか、どういう条件でこんなことになったのか、そもそもこれは自分に害はないのか。
知性ある骸骨はこの靄はあのローブ男がやったものだと考えている。実際は違うのだが。
故に自身にどんな害があるのか危険視して動かずにいる。
そんな状態が十数秒続いたとき、ようやく冒険者たちが動き出した。
「……もうダメだ」
後ろでローブ男の治療を試みていた男は、悲痛な面持ちでそう告げながら二人と肩を並べた。
冒険者たちの会話は続く。
「そうか……あの骸骨はやはり普通と違うっぽいぞ。もしかしたらあの骸骨剣士かもしれん。気をつけろ」
ローブ男がダメだと分かった男は一瞬悲痛な顔をするが、すぐさま目の前の敵に意識を集中させ、情報を与える。
ピリピリとした空気がこの場を焼くような熱気を生み出しているかのように錯覚する。
一方知性ある骸骨は全てを理解した。
黒い靄が魔力と同じように自身の中に入ってきたときにこれが何なのか、どういうものなのか、昔から知っていることのように理解できた。
故にこの場で自分が勝つためにそれに賭けてみることにした。
知性ある骸骨は左手に持っていた丸盾を冒険者たちに向かって放り投げた。
動き出した知性ある骸骨と同時に冒険者たちも動き出す。
左右の二人が左右に膨らむように走ってくるのに対し、真ん中は知性ある骸骨の投げた丸太手を弾きながら真っ直ぐ突っ込んできた。
しかし、それでいい。
知性ある骸骨は新たな力を解放する。
(【火球】)
空いた左手のひらを真っ直ぐ突っ込んでくる男に向けてそう念じる。
すると、目の前の空間が揺らぎ、捻じ曲がり、火の玉が現れた。
それと同時に自身の魔力が減った感覚があり、少しやばいな、と知性ある骸骨は判断する。
「なっ?!」
真っ直ぐ突っ込んできた冒険者は骸骨が魔法を使えたことに驚きを隠せない。普通骸骨は一つの技能しか持てない。故に魔法を使うならば杖などを持っているはずなのだ。あの知性のある死者たる魔法使いですら剣と魔法は両立できないのに、この骸骨は使う。しかも盾を投げつけて隙を作ると小細工までして。
左右に分かれている二人も驚きを隠せずに目を見開き喉を鳴らす。
そんな彼らを他所に知性ある骸骨は目の前に出来た火球を満足そうに見てから、発射した。
およそ時速七十kmにも達しそうな速度で放たれた火球は、真っ直ぐ突っ込んでくる冒険者を火達磨にした。彼我の距離も小さかったし、避けることが出来なかったのだ。
「くそ! こいつは無理だ! 退くぞ!」
残った二人の冒険者は彼我の戦闘力とこいつがなんなのかあの伝承を思い出し、この危険な骸骨の存在を知らせるため、仲間の仇を諦めて退くことを決意した。
左右に分かれていた冒険者はそのまま左右別々の方向へ走り出した。
知性ある骸骨は今の自分なら勝てる、と確信を持って追撃をかけようとする。
が、
「オラァ!」
突然の叫び声に反応して知性ある骸骨は狭まっていた視界を元に戻す。
すると、目の前に剣を今にも振り下ろさんとしている火達磨になった男がいた。
(……!)
知性ある骸骨は慌てて右手の剣を振り上げて振り下ろして来た剣を迎撃する。
男は剣の軌道を逸らされ態勢を崩す。そこへ知性ある骸骨がトドメの一撃を放った。
男は頭の中ほどまで剣で引き裂かれ絶命した。
しかし……
逃がしたか。
知性ある骸骨は男に集中していて狭まっていた視界を元に戻し、二人の姿を探すがもう霧の向こう側へ行ってしまったのか見えなかった。
知性ある骸骨は殺した二人の冒険者の魔力を奪うべく歩き始めた。