3話「最弱」
知性ある骸骨は今の自分の格好を見た。
武器も何にも持っていない、己の体のみ。
しかもその体は他の骸骨よりも幾分か細い。
知性ある骸骨は考える。
もしかすると、単純な身体能力では自分は最底辺なのでは? と。
しかし、それは知性のない骸骨通しが殴り合った場合負けるというだけであり、今の知性ある骸骨には知性がある。
(…………)
知性ある骸骨は少し考え、行動を起こすことにした。
骸骨は敵が攻撃してくるまで、もしくは明らかな敵対行動を取るまでは何もしてこない。
そして知性がないので敵が見つかっても、近づく、殴る、程度しか頭は働かない。
知性ある骸骨はその習性を利用することにした。
元は同じであった骸骨であるがために分かる習性を利用したもの。
罠。
だが、今の知性ある骸骨では力もなく、大掛かりなのは作れない。
しかし、それでいいのだ。片足が足首まで突っ込むくらいの深さでいい。それで骸骨は盛大にこけてくれるだろう。
こけたあとは簡単な作業だ。立ち上がってくる前に石か何かで頭を叩き割ればいい。
もし止めをさせなかった場合は一旦離れて骸骨の進行上に落とし穴が来るように誘導すればいい。簡単な作業だ。
不思議と知性ある骸骨には同族だったものを殺す(死んでいるから意味が違うと思うが)ことに忌避感を感じなかった。
それは感情のない骸骨だった頃の名残か、それとももう骸骨を同族として見ていないのか。
なんにせよ無慈悲になれるということはいいことだ。
知性ある骸骨はそのようなことを考えながら穴を掘る。
不気味な雰囲気の墓地に地面にしゃがみこみ素手で何かをしている骸骨の姿がそこにはあった。
念のため、と三つほど穴を掘ったところで知性ある骸骨は立ち上がった。
周りを見渡せば相変わらず深い霧に包まれ遠くを見渡せない墓地が広がる。
そこには霧にまぎれてヨタヨタと動く異形の影が複数体。
よし、と知性ある骸骨は覚悟を決めてそこらへんをうろついている一体に近寄っていった。
武器を持たず、姿も似ているためか、骸骨は近づいてくる知性ある骸骨に注意を向けない。
知性ある骸骨は十mくらいの距離まで近づくと足元にある石ころを手に取り、投げつける。
カツンと軽い音がして石ころは骸骨に命中した。
クルッとまるで痛みを感じていないように……いや実際に痛みなど感じておらず骸骨は知性ある骸骨のほうを向いた。
知性ある骸骨は手を叩くなどしてこちらへくるように仕向ける。残念ながら手も骨なのでカンカンとあまり良い音はしていないが。
骸骨は今のを攻撃とみなしたのか知性ある骸骨のほうへ走ってくる。
(…………!)
よっしゃ! と知性ある骸骨は心の中でガッツポーズをしながら骸骨に背を向けて走り出す。
向かうは己の用意した処刑場だ。
知性ある骸骨と骸骨の距離は徐々に狭まっていく。
(…………っ!)
知性ある骸骨は後ろを見ずとも分かる自分の視界によって徐々に迫りくる骸骨の姿を捉えていた。骸骨系の魔物は周りの魔素を感知して情報を得ている。よって視界は全方位、三百六十度あるのだ。
我彼の距離、五m。
知性ある骸骨は少しばかり焦りだした。
あ、これが焦る感覚か、などと思うが知性ある骸骨はすぐにそんな考えを飛ばす。
とにかく今は全力で走らなければ。
彼我の距離、三m。
アンデット故に疲れはない。
しかし、今回はそれが仇となった。
疲れをしらないということは、相手の足が速ければいずれ追いつかれるということだ。
知性ある骸骨は若干、やばい……と思いながらも走り続ける。
そして…………
(…………っ!)
知性ある骸骨はハードル走のハードルを越えるように飛んだ。
そして一瞬遅れて後ろから何かが転ぶ音が聞こえる。
知性ある骸骨は全方位確認できる感覚によりそれが何かをしっかりと認識していた。
故に、すぐさま急ブレーキをかけて止まり、骸骨へと走り寄る。
そして落とし穴の近くにあらかじめ用意しておいた大き目の石を持ち上げる。
骸骨は未だ自分に何が起こったのか理解できておらず、モタモタと下を向いている。
そんな骸骨に知性ある骸骨は無慈悲に手にした石を振り下ろした。
ガツンッ! と先ほどの投石とは比較にならない音が墓地の空気を揺らした。
知性ある骸骨はゆっくりと石を持ち上げる。
下を覗き込み、そこにあった骸骨は…………頭蓋骨に大きな穴を作って絶命していた。
(…………)
知性ある骸骨に同情などといった感情は浮かんでこない。まだそんな複雑な感情は持っていないだけか、はたまた冷酷なだけか。
知性ある骸骨は確かに動かないことを確認すると骸骨の持っていた錆だらけになっているブロードソードを手に取った。
しかし……
(っ?!)
……知性ある骸骨にとってそれはあまりにも重く、持つのが精一杯で振り回すなどもってのほかだった。
知性ある骸骨は顔をしかめ(筋肉も皮もないので雰囲気だけだが)どうすればこの弱い力を強くできるか考える。
と、そのとき。
(…………?)
頭を割った骸骨のその穴から何かよく分からないものが出ていることに気がついた。
それは一定の形を持っておらず、まるで水のように同じ型を作らない。
ふよふよと煙のように昇るそれを知性ある骸骨はなんとなく掴んでみる。
すると、そのふよふよしたものは知性ある骸骨の掴んだ手から知性ある骸骨の内部へと入っていくではないか。
(…………!!)
知性ある骸骨は慌ててその気味の悪いものを払うように腕を振るう。
が、それは既に知性ある骸骨の内部に入ったのか出て行く気配は見せない。
知性ある骸骨は諦めてそれがなんなのかに思考を変える。
感覚を遮断し、自分の中へと意識を向ける。
(…………!)
そのとき知性ある骸骨は理解した。
自分の中へ入ってきたものがなんなのか。それはどんな役割を果たすのか。
知性ある骸骨はわずかな興奮を心にともし、それを使う。
体に力がみなぎってくる。
知性ある骸骨は遮断していた感覚を再び接続し、戻ってくる。
そして半ば地面に突き立つようにして握っていたブロードソードを持ち上げる。
さすがに片手で持てるほどまでは強化されていないが、両手でならかなり楽に持てるようになった。まだ振り回すには足りないようだが……
知性ある骸骨は先ほどのものが何なのかもう一度頭で理解する。
先ほどのものは『魔力』だ、と。
骸骨系の魔物とは人などの骨に魔力が宿って動いているもの。
故に魔力が多ければ力も強くなるし、頑丈になる。
つまるところ、骸骨系の魔力というのは、人間で言う筋肉に等しい。いや、体を作るものと言ったほうだ正しいだろう。
違いといえば、筋肉は鍛えることができることに対し、魔力は外的要因によってしか得る事ができず、故に鍛えるということが出来ない。
しかも魔力はまるでゲームのステータスのように大まかに三つに振り分けれる。
力、頑丈さ、魔力。
力はそのまんま引き出せる力だ。これが強ければ重い荷物でも持てるようになるだろう。しかし、その重い荷物に耐えれるだけの頑丈さがないと腕が折れてしまうだろう。
頑丈さはそのまんま頑丈さだ。これに多く魔力を注げばちょっとやそっとじゃ折れない強靭な骨が手に入る。
最後に魔力は骸骨の貯めておける魔力の量を増やすことが出来る。
骸骨系にとって魔力とは二種類ある。
魔法や特殊能力を使う際に使う『魔力』。自身を強化するために使う『魔力』
今回言っている魔力は前者の方だ。
骸骨系の魔物に限らず全ての生物は空気中にある魔素を吸収している。まるで呼吸と同じように。
まあ、ようするに最大MPのようなものだ。
このような感じになっており、普通の知性のない骸骨ならば本能のままに均等に割り振っている。
しかし、知性ある骸骨は違う。
知性ある骸骨は知性がある。
故に魔法が使えない今は必要のない魔力に入る分だったものを力と頑丈さに割り振ることが出来る。
(…………)
知性ある骸骨はブロードソードを傍らに置いて新たな獲物を探しに走り出した。