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19話「諦観」

 翌朝。

 スケルは結局アインが目覚めるまで岩のごとく動かず、アインの寝顔を眺めていた。

 スケルはふと思う。アインは何故あの時一人でいたのか。

 あの話を聞いたからだろうか、スケルは人間のせいだと思った。

 おおかた、人間が村を襲って嫌われ者のアインは同じ狐人(リス)族に真っ先に見捨てられたのだろう。そして運良く逃げれたアインがそこにいた、と。

 これはあまりにも偏屈で、凝り固まった思考だ。

 これではまるで人間を滅ぼそうとしている死者たる魔法使い(リッチ)と同じではないか。人間が悪いと決め付け、だから滅ぼさなければいけない…………あまりにも利己的で、自己中心的な考えだ。

 しかもそれには明確な根拠などない。曖昧に、そんなことを思って…………


「ぅうん……ふゅ? おはよ~」


 スケルが思考の渦に飲まれそうになったとき、アインがその可愛らしい寝ぼけ眼を擦りながら起きた。

 スケルは岩のごとく動かなかった頭を動かし、アインの目と自分の目が一直線にくるようにする。ようするに目を見ている感じにするのだ。

 アインはいつもと同じスケルがすぐそこにいるということにニパッと眩しい笑顔を見せる。

 スケルにとってそれはとても眩しく、いけない気持ち(妬み、嫌悪など)が湧き上がるものだったが、すぐにそれを消す。アインは特別なのだ、と言い聞かせて。

 アインがスケルの腿(正確には大腿骨)から起き上がったことでスケルは立ち上がる。


(さてアイン、ちょっとばかし海にでも行くか)

「ふゅ? 海? ん~、よくわかんないけど、うん! いいよ!」


 スケルの突然の問いにアインはニパッと笑って答える。

 スケルはうん、と頷いてアインを抱っこする。まだ身長が百cmと少ししかないアインは二mを越すスケルに軽々と持ち上げられた。

 スケルはアインを肩車すると【飛行(フライ)】を使って洞窟を出て空へと上がる。

 グングン高度を上げてあと少しで雲まで行くというところで止まった。

 スケルはそこで自分に【速度上昇(スピードアップ)】の魔法をこれでもかと唱える。

 なんどもなんどもなんどもなんども……

 本来重ねがけは数回しか出来ない身体強化系魔法を数十も重ねがけし、スケルは動く。

 パンッ! と何かを破るような音がすると、スケルたちは既に数百m先にいた。

 音は音速を超えた音。果てしない【速度上昇(スピードアップ)】でそれほどの速さを手に入れたのだ。もちろん、風の抵抗がすごいのでスケルの前方には風の障壁を常時展開している。

 スケルはキャッキャと騒ぐアインを微笑ましく思いながら遠い海を目指して飛ぶ。

 そこが組合本部の近くだと知らずに。











 組合総長の部屋に一つの『影』が舞い降りた。

 『影』は組合総長の耳元で数言何かを言うと、消えていった。

 静寂の満ちる組合総長の一室。

 組合総長は漆黒の皮を使われて作られた椅子に深くもたれ、考え込む。

 時は既に夜。月明かりが部屋と組合総長の頭を照らす。

 やがて組合総長は何かの気配を察知し、覚悟を決めた。


「はぁ、やるしかないんだねぇ」


 面倒そうな口調のわりにその顔には獰猛そうな笑顔があった。










 スケルが山を出て半日と少し。もう日が暮れるという頃に海へとついた。

 流石のスケルも半日ずっと【速度上昇(スピードアップ)】を何十もかけた【飛行(フライ)】と、風の抵抗を減らす魔法を維持できるわけではない。時には地面におり、走っていくこともしばしばあった。

 地面ではアインも走る。流石にずっとスケルの鎧の上では退屈だろうと思ってのことだ。

 実際アインは退屈すぎてスケルのヘルムをいじり倒していた。スケルはしょうがないと割り切っていたが。

 地面を走るとやはり飛ぶより時間がかかるが、一切の魔法を使わないので回復が早い。それに身体能力(身体ないけど)的にも高スペックなので普通より全然速い。

 なお、そこでスケルは驚いた。アインが自分の速さに追いついてきたことにだ。

 アインは四足で獣のように大地をかけていく。どんな悪路でも気にせずに。

 アインの成長を嬉しく思いながらスケルは走っていった。


 そして辿りついた海。

 地平線まで青一色の海。

 スケルは綺麗な砂浜に降り立った。

 アインはこれらを見て目を輝かす。


「スケル! これすっごいね! たっくさん水があるよ!」

(ああ、そうだな。しかしこの水は……)


 地面に降りるや否や、アインが騒ぎながら海へ走っていったのでスケルが海の水は飲めないこと言おうとしたら……


「ペッペッ! なにこえ~……ベロが痛い~……」


 既に海水を飲んでいたアインが涙目になりながらスケルの下へ戻ってくるところだった。

 スケルは苦笑しながら、うぅ……と言いながら海を睨むアインを撫でる。

 ところでスケルが海へと来た理由。それは……


(海というのはな、とてつもなく大きいのだ)

「ふゅ? 見れば分かるよ?」

(ああ、その通りだ。見ればこの海がどれだけ広いのかが分かる。故に自分がいかほどに小さな存在であるか知らされる)

「ん~……? よくわかんない!」

(ははは、そうか。アインはまだそれでいい。ただこれを知っていて欲しい。何かすごく大きな悩みを持つときがくると思う。そのときは海を見ろ。ひたすらに海を見ろ。どうでもよくなってくる)


 アインの言葉にスケルはそう返す。

 そしてスケルは真っ直ぐに海を見つめる。

 訪れた静寂の中、波の音だけが浜辺に響き渡る。

 海は月明かりで淡く照らされる。そしてそれは波によって一度としてとどまることはない。

 スケルが感慨にふけっていると……


(っ!? アイン! こっちに……)


 突然の敵意を感知し、スケルはアインを呼ぶ。

 スケルもすぐ隣のアインに手を伸ばす、がその手は空を切る。

 歯噛みしながらスケルは全方位の視線を活用してアインの姿を探す。

 しかし、何もない浜辺のはずが敵とアインの姿が全く見えない。

 スケルは念話でアインを呼んでみる。


(アイン! 今どこだ?!)

(助けて! スケルぅ! スケルの傍にいるよぉ!)


 スケルはアインの言葉を聞いて、すぐさま【透明化(インビジブル)】と判断し、【看破(ディテクト)】を発動する。

 すると浜辺から離れたところに黒装束の者たちが走って逃げていた。

 スケルはすぐに【近距離転移(テレポート)】でアインを担いだ先頭の黒装束の前に出る。

 突然現れたスケルに一瞬驚愕するも、流石は訓練された組合総長直属の『影』だ。すぐさま連携をとり始める。

 まずアインを担いだものを守るようにスケルとの間に数人が割って入る。そして他はなにやら詠唱をしている。


(小ざかしい! こんなもの【近距離転移(テレポート)】で……)


 詠唱はほんの数秒で終わり、スケルが今まさに【近距離転移(テレポート)】で跳ぼうとしたときに発動した。


「「「【聖域(サンクチュアリー)】!」」」

(【近距離転移(テレポート)】! っ! なんだと?! 跳ばない?!)


 スケルは転移が出来ないことに驚愕し、しかもじわじわと魔力が削られていく感覚を味わう。

 削られている魔力は魔法を使うための魔力じゃない。スケルをスケルたらしめるための魔力だ。

 これがなくなればスケルは力のないただの屍となるだろう。

 スケルはゴリゴリと削られていく感覚に焦燥を覚えながら剣を両手に走り出す。ついでに鎧はさきの数秒でもう取っ払った。既に自分の正体はばれている、と感じて少しでも動けるように。

 スケルはまず目の前に立ちふさがった四人の黒装束を斬る。

 全て一撃で屠るその威力は力を削られているにも関わらず強大だ。

 黒装束たちはその衣服の中で冷や汗を垂らしながら行動を開始する。

 すなわち、アインを拘束し、その首にクナイをあてがう――――人質だ。

 スケルはそれを見てすぐさま魔法でどうにかしようとする。

 が……


(四人だと……! くっ! それだと一人どうにかしても他が……)


 ……黒装束は四人でアインを地面に拘束し、全員がその手にクナイを持ち、頭や首、心臓にあてがっている。

 アインが魔法を使って自力で脱出できないのか、とスケルは問おうとしたが、アインの首についている首輪を目にし止めた。

 あの首輪は『魔封じの首輪』と呼ばれ、つけられた人物の魔力を外へ出せないようにするものだ。つまり、魔法が使えないのだ。身体強化なら使えるかもしれないが、おそらく無理だろう。アインの獣人としての膂力と身体強化があれど、子供だ。鍛えられた黒装束たちには通用しないだろう。

 スケルは止まるざるを得なかった。

 スケルが止まったことを確認した黒装束は淡々と問うた。


「スケル……否、知性ある骸骨スケルトン・ウィズダムよ。汝は人類の敵と判断した。よってここで汝には消えてもらう」

(私が大人しくやられるとでも?)


 黒装束の問いにスケルは挑発するように言うと同時に魔力を練る。

 が、その返答は叫び声だった。


「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!!!!!!」

「汝、その魔力をどうするつもりだ?」


 黒装束はスケルが魔力を練ると、アインの心臓の場所にクナイを刺して行く。

 そして心臓に達しないところまで刺すとグリグリとまわした。

 アインは耐え切れずに叫ぶ。

 スケルは仕方なく魔力を霧散させた。黒装束もクナイを抜く。

 この間にもスケルの力はゴリゴリと削られており、スケルは焦る。

 焦って、焦って、迷って、迷って、悩んで、悩んで…………言った。


(私が大人しくやられるならアインを助けてくれるか?)

「…………いいだろう。汝が確実に死んだとき、我らはこの獣人に一切の傷を負わせることなく引こう」


 それを聞き、スケルは安堵する。

 そして念話でアインに告げる。


(アイン、聞こえるか? 返事はいらない。最後の私の話を聞いてくれ。私はもうここで終わりだそうだ。前にも言っただろう? 私は嫌われているのだと。だから殺されてしまう。しかしアインは助けてくれると約束をした。だからアインは生きろ。もうアインに生きるための力は備わっている。アイン、もう一度言う。生きろ。スケルとの約束だ)


 スケルは全て伝え終えると天を仰いだ。

 雲に隠された月がわずかばかりに覗いている空。


(ああ、私はここで終わりなのか)


 スケルは思う。

 

(しかし悪くはなかった。目的もなく彷徨っていた私に目的をくれたおそらく災害と言われたもの)


 最後にこの世に生まれてきたことの。


(そしてアイン。アインが私の色のない世界に彩をくれた)


 意味を。


(アイン…………お前に会えてよかったよ)


 スケルは視線を下げ海を見る。

 どこまでも広い海。自分の小ささがわかる海。

 いや、なぜ私はそんな知識を持っているのだろうか? なぜそんな感傷に浸れるのだろうか?……今となってはどうでもいいことか。

 スケルはあと一時間ほどで力を残らず吸い取られるだろうと思いながら考えた。

 が、それも考えたとおり、今となってはどうでもいいこと。

 スケルは視界を遮断しようとしたとき……


「だ…………めぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!!!!」


 突如叫び声と共に辺りを光で満たした。

 まるで真昼のような明るさの中スケルはそれに目を向ける。

 そこにはえびぞりになり雄たけびを上げるアインがいた。

 スケルは凄まじい魔力の波動を感じる。『魔封じの首輪』で外には漏れないものの、空気中の魔素に振動を与え、スケルまで伝わる。

 そしてあまりの魔力量に首輪が耐えれなくなったのか、皹が入る。

 

「?!」


 黒装束たちの気配が驚愕したことを告げる。

 スケルはこれに乗じてアインを助けようと動きだそうとする。大分力は削られたが、未だ下竜と肉弾戦で勝てる程度には力は残っている。

 いざ、一歩を踏み出さんと下を向き、力を加えたときだった。 


 唐突に光がやんだ。


 スケルはいぶかしみ、アインへと視線を向ける。

 そこには――――――
















 ――――――心臓にクナイを刺されたアインが横たわっていた。


 

 


 

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