15話「真実」
冒険者組合で依頼を受けたスケルたちはサーラの町の東側の門を抜け、仕事場である墓地へと来ていた。
ここの墓地は霧などかかっておらず、見渡しがよい。が、やはり墓地ということでややどんよりとした空気がスケルたちに纏わり付く。
そこをスケルは心地よく、アインは気味悪そうに感じながら歩いていた。
数時間、太陽があと二、三時間で頂点まで登るかという頃までスケルたちは骸骨狩を行っていた。
今まで倒した骸骨の数は三十。なかなかの数がいたがスケルの敵ではなかった。
途中アインが前に出て戦いたそうにしていたが、スケルは絶対にそれを許すことはなかった。アインはまだ子供なのだ。もし攻撃でも受けたらすぐに死んでしまうかもしれない。それにスケルは治癒魔法を種族的に使えない。少しの怪我でもやばいのだ。
そんなこんなで倒した骸骨の頭中にあった魔力結晶を回収しながらスケルたちはのんびりとしていた。ちなみに討伐の証拠はこの魔力結晶らしい。スケルは最初は倒した骸骨から魔力を奪っていたが、そうするとその魔力結晶が砕けることに気付き、今は不満に思いながらも奪うのはやめている。
(さて、そろそろ帰るか)
アインが歩き疲れたようにしているのを見てスケルは帰ることを決めた。
トコトコとスケルの後ろをついて来ているアインは、はーい……と疲れたように返事をした。
その時だった。
(どうモ我が同胞ヨ)
薄い茶色の乾いた大地を踏む音。それは靴が地面を踏む柔らかな音ではなくもっと硬質で軽いものだ。
そんな音を出す足を持つものはあれしかいない。
スケルはアインを後ろに庇いながら言葉を発信した。
(なんのことだ?私はただの旅人……)
(そう隠すことでモあるまい。ワタシたちは仲間のことナらどんなに姿を変えていようとワかるのだよ)
そんなこと分かっている、とスケルは毒づく。
問題はこれがアインにも聞かされているかどうか、ということ。
三百六十度の視界をもって、アインを見てみる。
アインは特に話の内容が分からないのかポケっとしている。
ふぅ、とスケルは強張っていた体の力を抜く。骸骨でもそういうこともあるのだな、とスケルはまた一つ賢くなった。
話の邪魔になるものはないと知ってスケルは核心に迫る。
(それで、なんのようだ?人間に聞いたところによるとここはお前のいるようなところではないのだが?)
(いヤな、人間のいる方から我が同胞ガ歩いてきたかラ、なんだろうか、と思ってな。ゼひとも話を聞かせてくれないカ?)
死者たる魔法使いは芝居がかったように両手を広げ歓迎すると言うようなポーズをとるとそう言った。
両者の間に空気の振動はない。しかし言葉は交換されている。
どんよりとした空気の中不思議な対立が生じていた。
先に動いたのは死者たる魔法使いだった。
死者たる魔法使いの周りに突然十数個の火の玉が現れたのだ。大きさは一つがソフトボールほどの大きさだ。
対してスケルはというと……
(どうシた?動かないのカ?)
……動けずにいた。
理由は簡単だ。後ろに震えるアインがいるから。
魔法の詠唱はスケルたちには聞こえなかった。当然だ。なんでわざわざ相手に使う魔法を悟らせる。
故にスケルが咄嗟にとった行動が今の行動だ。
死者たる魔法使いはその様子を嘲るような口調で追及した。スケルは答えない。
死者たる魔法使いは自分が圧倒的優位にいると思って喋る。
(何故こんナ行動をとるか知りたいカ?知りたイに決まっていルよな?ワタシは人間がダいきラいだ!だからそっちにいるお前モワたシの敵なノだ!)
死者たる魔法使いは後半になるほど憎悪を含んだ言葉で叫ぶ。
スケルはそれを黙って聞き入れながら、どうすればこの場を凌げるか、どうすればあいつを倒せるか、考えを巡らす。
が、敵がそれを許すはずもない。
死者たる魔法使いの作った数十もの火の玉がスケルたち目掛けて飛んできた。
(【火球】!)
スケルは慌てて相殺のために火の玉を生み出し、更にそれを操り薄く伸ばし盾のようにした。
火盾とでも名付けようか、とスケルは場違いにも思いながら次の手を思考する。
しかし、それは突然の突風に掻き消される。
第十位魔法の【突風】。
位は低いが、込める魔力量によって威力が変わる優れものだ。効率など極めれば少量の魔力で木々をなぎ倒せるだろう。
これに態勢を崩されたスケルはすぐさま体を起こし、次の攻撃に警戒を……
(どうした?何もシてこないのカ?)
……というところでスケルは全身を殴打される感覚を味わった。
棒立ちのまま全方位からの殴打。
殴打攻撃に弱い骸骨にはかなりくるものがあるだろう。
数秒の後、小刻みに揺れていたスケルの体がピタリと止まった。
今まで空気の塊で殴られていたから揺れていたのだ。ならそれが止まったと言うことはどういうことか。
スケルはそのまま膝から崩れ落ちた。
ファサッと大きさに似合わない軽い音が空気を揺らし、アインの大きな狐耳に届く。
今まで自分を守ってくれていた大きな存在が倒れてしまったことに驚愕するアイン。そしてその顔は目の前の光景が信じられないと言っているかのように悲痛に歪み始める。
しかしそれが叶う間も無く、
(さテと、ではトドメをさすとしようカ)
思考を掻き分けるように入ってくる雑音。
しかしアインにはその雑音の意味する内容を理解できた。
故にアインは立ち上がる。今まで守ってくれていた人を守るために。自分の力などなにも考えてなどいない。今のアインにはスケルを守ると言うことしか考えられない。
そしてその様子を黙って見ていた死者たる魔法使いは不気味に嗤う。
何をしているのか、と。
お前を守っていたやつを簡単に倒せた相手と対峙して何が出来る?、と。
ワタシには理解出来ないナ……いや理解などしたくないネ、と。
それらの悪意の塊を何度も投げかけられながらもアインはスケルの前に立つ。
その小さな体を精一杯広げてスケルを庇うように立つと、今にも泣きそうな顔で死者たる魔法使いを睨んだ。
死者たる魔法使いはそれを見てまた嗤う。
しかしアインは一歩も引かず、睨む力も緩ませない。
その様子に死者たる魔法使いは不快感を抱き、手をアインへと向ける。
その指先からいつも何かをしてきたと見てきたアインは今度は自分に何かが飛んでくると思ってギュッと目を瞑る。
だが、しゃがみ込むことなどしない。そんなことしたら今度こそスケルがいなくなってしまう気がするからだ。
目を瞑り、来るであろう衝撃に身を強張らせるアイン。
しかし思っていた衝撃は一行に来ない。
恐る恐ると言った風に目を開けるアイン。
そこにはボロボロのローブを着て所々にキラキラと光る宝具をつけた死者たる魔法使いが棒立ちになっていた。
どうしたのか、とアインが不思議に思っているとまた脳内に死者たる魔法使いの声が聞こえてきた。
(まさカ本当に人間ト仲良くしていルとはナ……これデ二回目だ。まああの時はこちラもボロボロだったがな。ヨシ、分かった。俺はお前らを見逃しテやる。理由?そんなものなど決まっている。我は偉大な死者たる魔法使いなり!聡明なる知性を持ちこの世の全てを知る者!人間と魔物、しかも人間を憎むアンデッドとの仲など良くなるはずがない。しかしここにまたも例外がいた。すなわちそれは例外ではないということ!我はそれを知れただけで満足だ)
長々と語った後、死者たる魔法使いは颯爽とその場を飛び去った。おそらく第三位魔法【飛行】だろう。
アインは話の半分も理解できていなかったが、自分たちが助かったということだけは分かった。
「ひゃぅ!」
その瞬間アインは腰が抜けてその場にへたり込む。
立ち上がろうとするが足腰に力が入らない。
が、すぐにそんなことより大事なことを思い出した。
「スケル!」
アインはそう言いながらうつ伏せに倒れているスケルへと這い寄る。
アインは三歳児、だが獣人の膂力を舐めてはいけない。
アインはスケルの側まで来ると、仰向けにゴロンと転がす。うつ伏せよりも仰向けの方が楽だと知っているから。
この時アインは気付かなかったが、普通なら感じるべき重さと肉感がなかった。そんなことに気付かないほど慌てているのだ。
そしてまずは何をするかとオロオロしだすアイン。当然だ。ただの三歳児が何を知っているのか。まだ何も知らないだろう。
「あ! そーら!」
と、何かを思いついたようにアインは声を上げた。
そしてそれを実行しようとしてスケルのローブを脱がしにかかる。
思いついたこと。それは傷を舐めてあげることだ。
アインは昔転んで擦り傷を負った子供が、親にその傷を舐められているところを見たことがあるのだ。
そういうわけで、うんしょうんしょ、とローブを脱がせているアイン。はっきり言って、そっちの方が体に負担がかかるものなのだが……
そしてローブを脱がせ終わり、万歳の姿勢でいるスケルの姿を遠目から見て、ようやくアインは異変に気づいた。
まず、胸が上下していない……つまり呼吸をしていない。これはアインはよく分からなかったので自分の喉に手を当てて首を傾げていた。
もう一つは、全体的にペチャンコなのだ。
ローブを脱がされたスケルは少しゴワゴワとしている上下の長い服と、靴と手袋しかない。つまり骨の上にそれだけしか身に纏っていないのだ。
そして所々から飛び出している白い物体……骨。
スケルは戦いで何本も骨を骨折していた。それの一部が服を貫いていたのだろう。
アインはそれらを見て戦慄する。
そして恐る恐る服に手を伸ばして、上着を剥ぎ取った。
さらされる折れた胸骨、折れた肋骨、今にも粉々になりそうな背骨、その他もろもろ。
それらを見て戸惑っていると……
(ん……な、なんだ……どうなっている……)
……スケルが目覚めた。
アインは口ごもる。治療しようとしたことなのだが、何故か大事な人の知ってはいけない秘密を知ってしまったかのように思って。
スケルはその三百六十度の視界を持って状況の確認をする。
まず見たのが、半裸の自分。
どうしてだ? と思い次に見えたのが、アイン。
そこから推測してスケルはアインに脱がされたのだと理解する。死者たる魔法使いはどこかへ行ったらしい。
そこまで確認し終わると、顔を俯かせて耳を垂れさせているアインに話しかける。
(アイン……怖いのか?)
スケルは自分が酷く不安そうな言葉を吐いていることに驚く。
しかし、その不安もほぼ間を置かずに放たれたアインの言葉で霧散する。
「こあくないよ! アインね、ちょっとびっくいしちゃったけど……でも! スケルはいい人だもん! だいじな人だもん! やさしーもん! ……だかあ、こあくなんてないよ?」
思いっきり思いのたけをぶつけるような返答。顔は俯きながらだから見えないが、スケルは思う。
よかった、と。
安堵、安心、そのような感情がスケルの中を駆け巡る。
そして最後のわずかに顔を上げて涙目の上目遣いで見られたときは思わず手が伸びていた。
(ありがとう)
スケルは知っていた。
意識が途切れるほんの少し前、アインが自分と死者たる魔法使いの間に立って庇ってくれたことを。
スケルは不安だったのだ。そこまでしてくれる相手が自分の正体を見たとき、糾弾してくることが。
スケルは魔物だ。人間を襲い、殺す、人間の敵だ。なのにアインはいい人だと。優しいと。
「ふみゃ~……」
頭を撫でられて気持ちよさそうにしているアインを見てスケルは言う。
(では、今から私は自身の修復作業に移ろうと思う。その間私は無防備になってしまう。だからアインにはもし敵が近づいてきたら私に知らせて欲しいのだ。重要な役目だが、頼めるか?)
「うん! もちおんだお!」
撫でられていた手が離れ、名残惜しそうにしていたアインはスケルに重要な仕事を与えられ、満面の笑みで了承する。
スケルはその笑顔を見て、何故か体温のない体が温まるような感覚を覚えながら自己修復作業に移った。今度は勘違いではないと自覚して。




