11話「差別」
「女子供は後ろへ! 男共は各自武器を持って囲め!」
スケルと話していた男は猪を見つけるや否や、そう叫びながら自分の武器を取りに行った。
スケルはというと、悩んでいた。
ここであれを殺したらどうなるのだろうか? 逆に殺さなかった場合は?
しかし、考えれば判断は早かった。
スケルは猪へ向かって駆け出した。
猪は家屋へと突っ込み、中を荒らしては食料を貪り食い、また次の家を破壊し、と繰り返していた。
しかし、四軒目に突っ込もうとした猪は危険を感じて急停止。地面を滑っている間に前を大きな火の玉が通り過ぎる。
猪がそちらへ体の向きを変える。
そこには裾の擦り切れたローブを纏い、仮面を被った者が掌を猪へと向けて悠然と立っていた。
「ブフォォォォオオオオオオ!」
猪は怒り、スケルへと突進する。
スケルはもう一度火球を唱え、発射する。
猪はそんなもの関係ないとでもいうかのように突進の速度は緩めない。
結果、
「ブ、ブフォォォオオオオ? !」
猪は高熱の火の玉を浴びて痛みで失速する。
しかし、それで死んではくれない。猪は地面を数回ゴロンゴロンと転がると火を消してしまった。見れば猪は額が焼け爛れただけですんでいる。
スケルは火球はこんなものか、と冷静に分析すると次の行動に出た。
「ブフォフ!」
猪はそのスケルの行動に怒りを露にする。
自分の舞台で勝負してくるなんて、しかも非力な魔法使いが、と。
そう、スケルは猪に向かって、突進した。
猪は地面を力強く踏み砕くと勢いよく前へと進んだ。
彼我の距離が瞬き一つの間に短くなっていく。
そしてぶつかる寸前、スケルはいつもの数倍の魔力を込めた火球を放った。
ゼロ距離からの特大火球。
直径三mはありそうな火球は猪をまるまる飲み込んだ。
スケルは慣性の法則により(この世界でも普通に働きはする。働かないものもあるというだけ)前へと進み続ける。全力でブレーキをかける。
骸骨系の弱点属性は、第一に光で、次に火だ。
たとえ強くなったスケルでも自分の作った特大火球に突っ込めば生きてはいれないだろう(骸骨の時点で生きているのか怪しいところだが)。
しかし、ゼロ距離から放った火球はブレーキの暇もないほどに近くにある。
スケル、万事休すか。そう思われたとき。
ドンッ
とスケルが火球とは反対方向へ移動した。何かに|跳ね飛ばされたかのように《・・・・・・・・・・・・》。
スケルは数メートルほど放物線を描いて飛び、地面へと落下した。
背中から受身も取れずに落下したスケルだが、すぐにムクリと起き上がると猪のほうを向く。
そこには、真っ黒コゲになった猪が横たわっていた。
「「「ウォォォォォォオオオオオオ!」」」
スケルが起き上がり、猪の死を確認すると同時くらいか。スケル周りから大きな歓声が起こった。
スケルは意識を全方位に切り替え、どうしたのか確認する。
結果は、後ろで男たちが武器を掲げ、叫んでいただけだった。
スケルはすぐに興味をなくし、魔力を奪い取るために猪へと近づいていく。
黒コゲの猪へ手を触れ、そこから直に魔力を吸い取っていく。空中でやると見えてしまいそうで騒がしくなりそうだったからだ。
その様子は村人たちからはただ生死を確認しているだけだと思われたようで、スケルが触っているときは静寂が、振り返ったときは一際大きな歓声が場を支配していた。
鋭敏な感覚を持つスケルはうるさいと思いながら早足にアインの元へと向かう。
が、
「よくやってくれた! ありがとう!」
あのリーダーらしき男がガシッと手を取ってお礼を言ってきた。
全方位に視界があるにもかかわらず手を取られるとは……不覚! みたいなことを思いながらスケルは振り返って返答する。
(ああ、どうってことはない。ちょうどアインが腹を空かせていると思ったから討伐しただけだ。礼ならあれを切り分けてくれればいい)
そう言ってスケルは手を振り払って歩を進める。
「ああ! 分かった! 本当にありがとうな! 俺らじゃあれには敵わなかった!」
男たちが頭を下げるのが視界に入り、よく分からない気持ちになりながらスケルは先を急いだ。
スケルが村はずれの小屋へ戻るとその周辺には村の女子供が集まっていた。
みんな先ほどの歓声が勝利の雄たけびだと分かったのかホッと安心したような表情でいる。
さてアインは、とスケルが小屋へ向かおうとしたときだ。
「バケモノは俺が退治してやるぜ!」
「「やっちゃえやっちゃえ!」」
小さな男の子たちの声が聞こえた。
スケルはなんとなく不快な気分を伴って小屋へと急ぐ。
バンッと引き戸を思いっきり開け放つと、目の前に三人の子供。七歳くらいか。手には何故か石を持っている。
そして奥の奥で丸まって怯えているのは大きな狐耳と四つ叉のもふもふした尻尾を持っているアイン。
両者とも突然現れたスケルに目を見開いて驚いている。
特にアインの驚きは大きい。まるで大事な人形が捨てられた次の日にその人形が手元に戻ってきた子供のように。
スケルは石が当たったのか痣になっている箇所を見つけるとなんともいえない感情を抱いた。
咄嗟にスケルは腰くらいの高さに手を差し出し、掌を上に向けその上に火球を作り出した。
そして一言。
(お前ら、何をやっているんだ? )
当然対象は目の前の三人だ。
三人はスケルの威圧と、火の玉を見て腰を抜かしてへたり込んだ。
口をパクパクと動かし、上と下から水が駄々漏れになる。
スケルは何も言わない三人にもう一度問う。
(お前ら、何をやっているんだ? )
スケルの威圧はより一層強くなった。
三人の中の一人が腰をぬかしながらも這いずってでも外へ出ようとスケルの足元を通る。
もちろん行かせるわけがないスケルは首元を掴んで中へ放り投げる。
ビチャッと先ほどと同じところへ尻から着地した少年は歯をカチカチと鳴らし始めた。
スケルは未だに何も言わない三人に痺れを切らす。
(これで最後だ。答えなければ殺す。…………お前ら、何をやっているんだ? )
三人は口をパクパクと動かしながらも何も言葉を紡ぐことは出来ない。
スケルは何の感情も抱かず、火球を少年たちへ放とうとし、
「や、やめてください!」
後ろから強く押された。
スケルは強化している身体能力でわずか一歩前へ出ただけだが、集中が乱されたからか、火球が中空へと掻き消える。
スケルは邪魔されたことを理解し、抱いている感情をそのまま邪魔したやつへと向ける。
「ヒッ!」
スケルの背中を押した女性は見るからに怯えた様子で仰け反る。
しかし、後退りはしない。愛する子供が殺されようとしているのだから。
女性はグッと踏ん張り、主張する。
「子供が何をしたのか知りませんが謝ります! なので殺すのは勘弁してください!」
女性はそう言って頭を下げる。
スケルはそれを黙って無感情に見下ろし、言った。
(俺はこいつらが何をしていたのか聞きたいだけだ。知らないなら出てくるな! )
スケルは言葉を荒げて女性に言うと少年たちへ向き直り、息の根を止めようと手に魔力をこめ、振りかざし……
「ダメー!」
ドンッと腰に衝撃を受けた。残念ながら強化されたスケルの体はちょっとやそっとの衝撃じゃあ揺るがない。ましてや三歳程度の突進など不意打ちでも受け止めれる。
スケルは作りかけていた火球の魔力を霧散させ、見下ろす。いつもは三百六十度ある視界でも今はなんとも言えない感情で狭まっているのだ。
下には今にも泣きそうな目でイヤイヤと首を振るアインの姿。
スケルには理解出来ない。
あんな扱いを受けておきながらそれをした者どもが傷付くのを見ていられない。
スケルは分からない。
故に問う。
(何故だ? 何故お前はあんな扱いを受けておきながらそれをした者を庇う)
「スケルはいい人なの! だから、わういことしちゃめっ! なの!」
スケルはその言葉に一旦落ち着き、考えてみる。
今自分は村を救って感謝されている。なのにここで子供を殺すようなことになれば反転して排斥しようとするだろう。もしかしたらこれから行く町にも悪評が付きまとい足を引っ張るかもしれない。
冷静に考えればこれだけのデメリットが出てくる。
スケルはふっ、と力を抜いて溢れていた感情を抑える。
そしてアインの頭をガシガシと撫でてやる。こうすると喜ぶのを知っているからだ。
「えへ、ぐしゅ、にへへ〜」
アインは涙目になりながらも笑ってスケルの手を受け入れていた。
(ありがとう。あのままだととんでもない不利益を被るところだった)
「ん! 当然なの! 朝スケルがいなくてまたおいてかえた、って思ったの……でもスケルは帰ってきてくえたの! だから、あぶないときはアインがとめてあげうの!」
(ああ、頼むよ)
スケルは朝いなくなったことで寂しい思いをさせたな、と少し罪悪感を覚えた。
と、そのときだ。
「どうした? ! 何があった?」
あのリーダーの男の声が聞こえた。
スケルはややこしくなる気配を感じ、そうそうと村を出ることを決めた。
(アイン、もう村を出るぞ)
「うん!」
スケルはアインの手を握って小屋を出て教えてもらった街道へ出ようとする。
が、
「待ってくれ! 何が起きたんだ?」
またもやリーダーの男に手を掴まれてしまった。
こいつ、何か隠密系の技でも持ってるのか?
そんなことを考えなからスケルは説明をしだしたのだった。




