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10話「打算成功」

 草原を抜け、道らしきものを見つけた骸骨(スケルトン)である知性ある骸骨スケルトン・ウィズダム狐人族(キビト族)であるアインは、その道を歩き続け、とうとう一つの村に到達した。

 空は既にオレンジを通り越し、紺色に塗り潰されてきている。星明かりが地上を照らすが、その光はとても心許ない。ちなみに月らしきものもある。大きさも大体一緒だ。この日は三日月でやはり光量は少ない。

 知性ある骸骨スケルトン・ウィズダムには感じられない冷えた風を浴びてアインは身を震わせる。余程寒いのか知性ある骸骨スケルトン・ウィズダムの腕にひしっとしがみついている。危ないところを助けてくれたことでいい人、お話ししてくれたことで優しい人、とアインの中で知性ある骸骨スケルトン・ウィズダムの株は急上昇だった。


 村がアインの目にも見えたところでアインはお喋りをやめた。そして、影がさした顔で村を眺めながら知性ある骸骨スケルトン・ウィズダムに問うた。


「スケル……あそこに行くの?」


 その声色は嫌そうなものだ。

 知性ある骸骨スケルトン・ウィズダム、改めスケルにはアインがなぜ村を嫌がるのか分からないが、とりあえず話すことにする。


(ああ、もちろんだ。もう夜だしアインも眠たいだろう。村が目の前にあるのだし、野宿する必要はない)


「うにゅぅ……」


 その返答にアインは落ち込んだように耳と尻尾を垂らした。

 これはかなり嫌がっているな、とスケルは考えるが、もともと自分は村に怪しがられずに入るためにこの子を拾ったのだ、と思い出し歩き出す。合わせる必要なんてないのだ。

 アインもスケルが歩き出しては仕方ないといった風にイヤイヤ歩き出した。







 暗闇の中、村へ近付く影が二つ。

 一つは普通の大人程の大きさで、ローブでも羽織っているのかふわふわと輪郭が曖昧である。

 もう一つは非常に小さな影だ。まだ満足に走ることも難しい歳だろうと判断できる。しかし、実際それは間違っており獣人なら三歳でかなり動き回れることが出来る。四足歩行もいいのなら、だが。

 二つの影は真ん中で繋がっており、影だけなら仲の良い親子にも見えるだろう。

 しかし、こんな夜中に歩く一般人がいるはずがない。

 明らかに怪しい二人組が村へと近付いてきていた。


 今夜の夜番である村人は遠目に怪しい二人組を見つけた。見間違いではないか、目をこすり確認する。

 次ははっきりと見えた。背の高いのと低いのが歩いてきている。

 その村人は慌てず、あらかじめ決めておいた警戒のサインである、松明を二本燃やす、という動作をして村へ警戒を促す。夜で見ているものがいるか心配だがまあいいだろう、と村人は信じる。

 もう太陽はすっかり沈み、夜の帳が下りているこの時間にいったいなんの用なのか。村人は考える。

 しかし、考えても答えは出ない。税である麦は納めているし、特段問題を起こしたわけでもない。

 そんなことを考えている間にその二人組は村からそんなに離れていない距離まで近付いてきていた。

 夜番の村人は見張り台から降り、二人組が通るであろう村の入り口に陣取る。しばらくすれば後ろに警戒のサインを見た他の村人が駆けつけた。

 夜番の村人はそれを頼もしく思いながら悠然と歩いてくる二人組を待ち受けた。




「止まれ!」


 スケルとアインが村から数十メートルまで近付いた時、村人が大声で呼び止めた。

 スケルたちは素直に立ち止まり、スケルはアインを庇うように立った。

 村人は傲岸不遜(ごうがんふそん)と言ったような態度で腕を組んでスケルたちを睥睨(へいげい)している。下手に出たらダメだと考えているのだろう。

 とりあえず向こうはこちらのしゃべりだしを待っている、とスケルは考えてアインに喋りかける。ちなみにスケルの言葉は対象を絞って話しかけることが出来る。


(アイン、これから私がお前に喋りかけるから、同じことを向こうの人たちに言ってくれ)


「うにゅ? うん、わかった!」


 村人はアインの言葉に眉を寄せた。

 それもそうだろう。スケルは念話でアインにしか話していない。つまり村人からは急にアインが叫んだように見えたのだろう。


「何を言って……」

「えっとね、わたしは声がだせない! だから、アインがかありにしゃべってくえう、なの!」


 村人は何かを言いかけるが、それはアインの声に遮られた。

 しかし、村人はアインの言葉で大体察した。


「心話ができるのか。しかしなんで喋れない……まあ、いいか。で、お前らはここに何のようだ?」


 多少違う解釈をしている村人。しかし、スケルはそれを正すことはない。

 そして、この言葉は予想していた、とスケルは思いながらアインに語りかける。


「…………えっとね、もう夜もふかいし、とめてくえませんか、だって!」


 スケルは、上手く言えたよ! とでも言いそうな顔で見上げるアインの頭をガシガシと撫でる。なんとなくそうした方がいいと思ったようだ。


「にへへ~!」

「……そうか、ならちょうど一つ家が空いている。そこなら泊めてもいいだろう」


 そんな二人のやり取りを見ていた村人は多少態度を軟化させてそう言った。

 やはり片方が怪しくてももう片方がしっかりしていれば大丈夫そうだ、とスケルは考える。実際は純粋な子供があれだけ懐いているやつなのだからそこまで悪いやつじゃないだろう、それに夜に野宿は子供が可哀想だ、と子供というところが大きいのだが。

 子供を大事にするという人間、いや生物に当たり前の行動をスケルは理解できず、勘違いしたまま村に泊めてもらうことになった。












 翌日。

 スケルは夜中、寝る必要など全くないのだが、下手に動くと怪しまれるのでジッとしながら警戒をしていた。ちなみに格好は全く変えなかった。靴も脱がず、手袋も外さず、ローブも仮面も外さない。はっきりめちゃくちゃ怪しい。

 しかし、結果としては常に数人の監視があったくらいで直接的な被害はなかった。アインもぐっすり眠って気持ちよさそうだった。アインを見ているとスケルは体温のない体が温まるような錯覚を覚えた。すぐに気のせいだと結論付けるが。

 そして現在早朝。空がだんだんと白み始める時間に村人たちは動き出す。

 それに伴ってスケルも体を起こす。監視していた村人が監視を止めて隠れたのをスケルは確認した。多分もう監視の必要もないし、自分の仕事に戻ったのだろう。

 アインはいろいろと疲れていたのか、未だにぐっすり眠ったままだ。

 スケルは身を起こし、外へ出て人間の観察をしようと思い、立ち上がろうとする。

 が、


「やー……いっちゃやー……」


 ローブの裾をアインに掴まれ、引き止められる。

 しかし、スケルは弱弱しく掴むアインの手を一瞥するとそのまま立ち上がる。

 スッと離れたアインの手がビタンと毛皮一枚敷いた床に落ち、何かを掴む仕草を繰り返す。

 それをスケルは、何をしているんだ? といった雰囲気でその場を後にした。


 泊まっていた家は村の外れにあるかなり年季の入ったものだ。歩けば床がギシギシと鳴り、今にも抜けるのでは? と思うような代物だ。

 そこから出たスケルはとりあえず歩き、寝起きでいろいろと準備をしている村人を観察しながら昨日の男を捜す。

 しばらくしてお目当ての男が見つかった。

 向こうもスケルに気付いたようで立ち止まってくれた。

 スケルは少しも速度を変えずに男の目の前まで歩いていく。


「どうしたんだ? 俺たちは見ての通り忙しいんだ。喋れないお前の相手をしている時間はな……」


(いや、意思を伝えることは出来る)


 男が昨日のことを思ってか、相手にする意思がないことを伝えようとする。

 しかし、それを全部言い切る前にスケルが男を対象にして言葉を発した。いや、正確には発信、かな?

 男は驚きに声を止め、目を見開く。

 スケルは続けた。


(昨日は嘘をついてすまない。そうでもしないと警戒を解いてもらえそうになかったのだ。前の村では追い返されてな)


「…………その格好だと当たり前だろうが」


 スケルの言葉を受けてしばらく戸惑っていた男は、やがて状況を呑み込めて返答した。

 スケルは返答の遅さを疑問に思い、質問した。


(どうしたんだ? 何をそこまで驚いている)


「いや、姿からは想像していたが、そこまで高位の魔法使いだとは思わなくてな。『精神感応(テレパシー)』なんてありえない、と理解できなかっただけだ」


 最初は心話だと思ってた分驚きは増したよ、という男に対しスケルはあまり意味が分かっていなかった。

 スケルの行っている脳に直接考えを伝える手段はスケルの見つけた骸骨(スケルトン)の能力だ。よって魔法などといわれても違うとしかいえないのである。実際魔力も使ってはいないのだから。

 だが、あえてそこを正す必要もないだろう、とスケルは考えて本題に入る。


(そうか、納得した。それでだ、ここから一番近い町がどこにあるのか分かるか?)


 スケルはもうここに用はないと思っていた。何しろここには強いやつがいないからだ。

 スケルは人間がどうやって強くなっているのか知りたいのだ。ただの魔物みたく、漠然と敵を倒せば強くなるというものではなく、きちんとした根拠を持った強化。

 一番簡単なのは武具だろう。しかし、その武具すらこの村にはない。よってここにはもう用はない。

 男はスケルの質問にすぐに答えた。


「ここから一番近いのはサーラの町だろうな。あそこは町というよりはでかすぎるが……まあ旅人と思われるあんたは一旦いったほうがよさそうだな」


(そうか、ありがとう。では私はアインが起き次第村を出て行くとする…………)


「キャー!」


 スケルは突然村に響いた悲鳴に言葉を中断させた。

 悲鳴の出所は昨日スケルが歩いてきた方向。スケルは男に集中していた意識を全方位へと戻し、そちらを確認する。


「ブフォォォォオオオオオオ!」


 村の入り口に体高二mはあるんじゃないかというほどの大きさの猪がいた。









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