真白な
忘れられない想い出がある。
感情、景色、匂い、言葉。
全てをそのまま心に閉まっているかのように、いつでも思い出せてしまうような。
そんな、思い出がー…。
まだ新しいクラスに慣れない。
4月に小学4年生になったばかりの高槻美梨は、憂鬱な気持ちで周りを見渡す。去年同じクラスで仲の良かった友達とは、クラスが離れてしまった。
自分から話に加わることや、何か提案をすることは最も苦手である。友達は欲しい、1人は苦手、というより、1人でいるのを人に見られるのが苦手。
それで変な気を遣われたり、噂が立ったりすることは屈辱的であり、恥ずかしいことだ。
どうしよう。もう5月の半ばになっちゃった。
そう思っているときだった。後ろ側から、変声期の男子の声が飛んできたのは。
「高槻美梨」
反射的に、ばっと後ろを振り返る。
そこにいたのは、同じクラスの真白大輝。しかし、初めて会う訳ではない。
彼とは幼稚園からの仲だ。だからと言って、特別仲が良いという訳でもなく。
同じ小学校なので姿を見かけることは度々あったが、話すのはいつぶりだろうか。
「あ、ハイ…」
少し戸惑ってしまう。昔は、どんな風に話してたかな? なんて。そんなこと覚えてもいない。そもそも話した記憶すらない。
「なんかつまんなそーな顔してんな」
余計なお世話だ。
というか、久々に話していきなりそれか!
「別に」
男子と話すのは苦手。何か特別なことが起きたわけではないけど、小学校に入学してからうまく話せなくなってしまった、気がする。
「お前さ、全然笑わないよな。何でだよ!」
急に言われた言葉に、ハッとした。
「え、別に、そんなことないと思うけど…」
「そんなことあるんだよ!しょうがねぇ俺が笑わせてやろう。待ってろ〜?」
大声で笑いながら去って行く真白の背中を見送りながら、首を傾げる。
なんだアイツ…。
真白は、クラスでも何だかんだ目立つ人間だ。将来の夢はお笑い芸人。いつも熱心にネタを探し、みんなの前で披露している…と、去年真白と同じクラスだった美優ちゃんが言っていた。
チャイムが鳴り、5時間目の算数が始まる。
「はいじゃあ今日は「先生ー!」
ガタタッというけたたましい音ともに立ち上がったのは、真白。
「なに?真白くん」
「席替えしたいでーす!」
その言葉に、クラスがざわめく。
「俺もしたい!」
「いいねいいね!」
「真白に賛成!」
目立つタイプの男子たちが次々と真白の肩を持ち、
「じゃあ、やろっか」
あっさりと決まった席替え。
私はこの時、心から真白に感謝していた。これは、友達を作るチャンス以外の何物でもない。隣になった女の子と仲良くなれば。神様、私の隣に優しい優しい女の子を…!
「(なんで…)」
数分後、私の隣に座っていたのは、真白大輝だった。
ふざけないでほしい。私の希望は一瞬にして打ち砕かれてしまった。
友達…優しい女の子の友達が欲しいのに…!
「ヨォ」
ヨォ、じゃねーよ!ふざけんなよお前!なんでお前なんだよ!
「あぁ、どーも」
心とは裏腹に、冷静に挨拶を返す。
「相変わらず冷たい反応だな、お前」
「そう?普通だよ」
急に静かになったとなりに、流石に素っ気なさすぎたかな、と思って、真白の様子を伺う。
「ブフッ」
そこにいたのは、チンパンジーだった。否、チンパンジーの真似をして、耳を引っ張りながら鼻の下を伸ばした真白だった。
激似である。
「ひっ…クック……アッヒャッヒャヒャ!!ハァッハァ〜!!
……はっ…!?」
気付いた時には、もう遅かった。クラス全員の視線は、隣のチンパンジーではなく、私に注がれていたのだ。
その日、私には沢山友達ができた。授業のあと、私と真白の周りにたくさんのクラスメイトが集まってきて。それはそれはあっという間に、大勢の人と仲良くなってしまった。
みんなが帰った後、ふと隣をみたら、満面の笑みの真白がいて。
「笑わせてやったぜ」
訳がわからないけど涙が出そうで、瞬時に顔を正面に向ける。
「もう笑わないからね」
「って言いながら顔が笑ってますけど」
「うるさい」
好きな人は、何度か出来たことがある。
だけど、こんなに心がジーンとして、ギュッとなって、ポカポカした気持ちは、初めてだった。