7話 浪費魔術師と妄信女
傷を治す事自体は然程手間の掛かる事ではない。
俺の力を最大限に発揮すれば、100人程度なら簡単に治す事が出来た。
しかし、上級回復魔法である《テラ・ヒール》を連発するのは、物凄く怠いので。最初の娘、一人にそれを使ってその他は下級回復魔法の《ヒール》で治しておいた。まぁヒールであっても、聖属性の適性が無駄に高い俺が放てば大抵の傷は治るんだけどな…
俺が治療を開始してから、1時間弱…
一区切りが付いたものの、運び込まれて来る人は後を絶たない。
それを流れ作業の様に治療して行くのも、なかなかに骨が折れた。
中には、もう死んだ者を運び込んで来る者もいて勘弁して欲しい。流石の俺も、死人をどうこう出来る能力は持ち合わせていないのだ。否…魔王の力を使えば、ある意味では出来ない事も無いか…
左肩を喰いちぎられた中年男を治療しているときに、数人の騎士と共に隊長殿が部屋に入って来るのが見えた。
彼等は俺を見つけると、少し離れた所に立ち俺をじっと見て来る…治療の終わるのを待っているようだな。面倒なことこの上ない。
…俺は、さっさと患者の治療を終え、その後の手当をホテルの従業員の女性に任せ隊長殿に近付いた。
隊長どのから声をかけて来た。
「クリス殿、魔物共が撤退を始めました。
まだ、警戒を抜くことの出来ない状況ですが…
今後の対策を含め、主要な者達で話し合いたいと思うのですが、如何でしょう?」
ああ、はいはい、会議ね…面倒だな…
それにしても撤退か…本当になんのつもりで攻めて来たんだ?
白い悪魔とやらの指揮とみて間違えなさそうだな…
魔族は、同じ魔族や魔物を引き連れ軍隊を作る事がある。それを人は魔軍と呼ぶ。その魔軍と人間側の軍隊は今まで幾度となく戦って来た訳だ。
その魔軍の最も特異な特徴は1つ。普段はぜんぜん統率の取れていない魔物が、統率や連携を意識した行動に出る事だ。コレは、魔族が魔物に支持を出し指揮ているのだと考えて間違いないだろう。
つまり、今回の撤退も何かしらの作戦の一部かもしれないということだ。予断は許されない。
「そうですね、今後のことも考えると情報交換は重用です。
一度、集まり話をしましょう」
隊長は頷くと、部下に支持を出し部屋の警護にあたらせるよう支持を出す。
なるほどな、彼等は怪我人を守る為の人員だったわけな…ただ、偉そうに連れているだけかと思った。
「それでは、一階のカジノホールが集まるのに丁度良いのでソコに移動しましょう」
俺は隊長の後ろを付いて行く事にした。
カジノホールが丁度良いと言ったのは、このホテルの丁度中央にその場所が設けられているからだ。
ホテルの一階、中央にあるソコは金持ちが遊ぶ為の場所であり、金持ちを相手取って金儲けをするこのホテルの支柱的な施設なのだという。この場所からなら、どこで問題が発生したとしても直に対処に向かう事が出来る。
カジノホールに辿り着くと、そこには既に見知った顔が居た。と、いっても凄く久しぶりの顔なのだが…
隊長殿は他の主要メンバーを呼んで来るといって、ホールを後にした…仕事熱心だな、おい。
ルーレット用の台に項垂れる。薄汚い白のローブを身に纏った金髪の青年…《ジョン・カリスト・ハント》。
リュウジ率いる《最強のパーティー》で、魔法使いを勤める青年である。天才と謳われる魔術師ではあるが、浪費癖が激しく博打好きな駄目男でもある。こいつの懐具合は身につけているローブで判別する事が可能だ、今の状態は…言わなくてもわかるだろう。
それにしても寝ているのか? 動かないな…
その彼の真横に行儀良く座っているのは、教会の紋章が刻まれた鎧を身に纏う、茶髪の美女…
おっとりした表情のこの美女の名前は、《ルナ・メリーアイズ・サリエル》。
ルナは俺に気付くと、ニッコリ微笑み一礼して来た…まるで、聖母の笑みだな。浄化されるかも知れない…
教会に入る以前の名前はルナ・メリーアイズ、サリエルは《聖名》である。彼女の場合こちらの名前の方が有名だな。俺は、彼女がサリエルと名乗る以前からの付き合いである。
因みに俺の《聖名》は《クリストファー》である。因みに、《ラスターリューゲ》も産まれ持っての名前では無い。俺は教会に育てられた様なものだから、聖名を本名として名乗っている。どうでもいい話だったな…
勿論、ルナも素の俺を知らない。
彼女との再会は、半年前に決行された人間側による魔大陸進行作戦以来だ。
「ルナ、お久しぶりです。
魔大陸上陸戦以来ですから半年ぶりですね、お元気そうでなによりです」
「はい、お久しぶりですクリス。
貴男とまた巡り合えた幸運を神に感謝致します。
今回の戦いも苛烈を極めましたね…わたくしは守れなかった方々の無念を晴らしたいのです…お力添え、よろしく御願い致します…」
暗い影を作り俯く姿も、まるで絵に出て来る聖女そのものである。
俺はコイツが苦手だ。何故なら、コイツと喋っていると反吐が出そうな台詞を連発せねばならんからだ。
教会騎士であるコイツは、おそらく俺より(俺は信仰心皆無だから例にならんな…)…枢機卿のオッサン達より信心深いのでは無かろうか?
非常に面倒くさい女である。
俺達の会話で起きたのだろうか、ジョンはのっそりと起き上がった。
見窄らしいローブで台無しだが、コイツは美青年の部類に分類される顔の持ち主だ。しかし、その顔も今はまるで死にかけの老人のようになっている。どうした、コイツ?
ジョンはジロリとこちらを睨むと、『ヒールくれ…キュアでもいい…』と、蚊の鳴くような声で呟いた。そのとき、物凄い酒の臭いがした…なんだよ、酔ってんのかよ…舐めてんのか、コイツ?
面倒だが、キュアを唱えてやる…酔いを和らげる効果があるからだ。
唱えてやると、徐々に回復してゆき、数分後には元の顔色に戻っていた。
「すまんなクリス、助かったぜぇ…」
ヘラヘラと笑いながら礼を言うジョンに、若干の苛立を覚えたものの、それを表に出しても全く得にはならないので簡単に流しておく。
「いえ、どういたしまして。困っている人を助けるというのが、神の教えですので…」
思ってもいないことを口に出す。
最近、解った事がある。
僧侶が、《神》とかそんな単語を使えば結構ソレっぽく聞こえるものなのだ。
適当に言っていても、マトモに聞こえるから不思議である。
ジョンは俺の後ろに目を向けると手を振り出した。
「…ん? おーい、アンジーとディアナ王女ぉー、こっちこっち」
釣られて後ろを振り向くと、リュウジパーティーの一人アンジェリカ・シルバーランドと、ディアナ王女がカジノホールに入ってくる直前だった。
彼女達はジョンの声に気付くとこちらに走って来た。
「お待たせして、申し訳ない。
少し事後処理に手間取ってしまった」
「………」
直に謝罪の言葉を言うアンジェリカと無言のディアナ…
ディアナは今日もいつも通りのようだ。
それから少し待ってみても、リュウジもブレイズも現れず。
その後、隊長殿が良い身なりの中年男を連れて帰って来た。
「すいません。
サカモト様は、直に敵を追いかけて行ったらしく消息が掴めません。
ブレイズ殿は、サカモト殿を連れ戻しに行かれました…
それと、こちらはこのホテルの支配人さんです。一応、今回の話し合いに出てもらうことにしました」
支配人だとという、気の弱そうな中年男は泣きそうな顔で頭を下げた。いろいろ、大変そうだな…
それにしても、本当に面倒ごとを引き起こす餓鬼である。
勘弁して欲しいよ、まったく…
殆どの面々が溜め息を発している。
しかし、ルナは目を輝かせながら…
「流石、サカモト様です。
いち早く民達の為に敵を叩きに行かれるとは…わたくし、その善行に感動せずには居られません…
わたくしも直に向かいます!!」
ルナの暴走を全力で押しとどめる所から情報交換は始まった…